気持ちのブログ

好きなものに関する感想や思ったことを書くブログです。全てポエムです。

終わったあとの気持ち

ドリフェス!武道館二日間行きました。

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気持ちのブログなので今の気持ちを書くと、なんと驚くほどのさわやかな気持ちに包まれ、正直ブログに書くことなどないなみたいな感じなのですが、ネガティブな内容をトップに置いておくのもアレだなと思い書いています。完全に個人の日記です。

ライブ自体の感想は長くなるので別途書きます。

MCなどは綺麗に覚えているわけではないので、かなりフワッとしています。違っていたらすみません。

終了告知後

ドリフェス!の終了が決まってからめちゃくちゃ落ち込んでおり、それは3月以降の記事で度々書いていた。終わったら自分はどうなってしまうのか、キャラは消えるというのに明日へ連れて行くとは何か、みたいなことばかり繰り返し考えた。

どんなに彼らが笑っていてもなんだか物悲しい気持ちになってしまい、ラジオもあまり聞けなかった。

一週間前になっても手紙も書けず、最後だというのに前はあんなに気にしていたライブ参戦時の身なりもあまり決められず、物販で何買うか決めるのも前日深夜になってしまった。

19日(前日)

前日物販に並んだ。私が一番好きな衣装であるローズシャイニーのブロマイドがあることを知り精神が急にハイになった。ただレジに行く前に体力の限界を迎えてリタイヤしてしまった。

20日(ライブ1日目)

20日、いろいろあって寝たのが遅く、結局昼くらいまで布団に横になっていた。慌ただしく会場へ向かった。凄い数の人がいた。凄い、ドリフェス!のことが好きな人や少なからず興味のある人がこんなにもいるんだなぁと思った。

ライブはとても凄かった。終わったあとの妙に爽やかな気持ちに戸惑いつつも、ローズシャイニーを着たKUROFUNEが君はミ・アモールを歌う……というまるで夢のような体験にウットリし、そのことを考えていたら電車を6駅くらい乗り過ごした。その後もローズシャイニーのことを考えていたら眠れなくなり就寝が深夜になってしまった。

21日(ライブ2日目・最終日)

翌朝Thank you for YELL!セットの寄せ書きを読んだ。卒業文集の寄せ書きを思い出して泣いてしまったが、そういえば卒業式で一度も泣いたことがないのを思い出して不思議な気持ちになった。

21日も慌ただしく会場へ向かった。20日の最後にみんなが付けていたゴムブレスを買って付けた。なんとタオルを忘れた。ブロマイドのためにCDを買って、友達にCDをあげた。バタバタしていたらライブが始まった。

ライブは驚くほど楽しかった。ずっと笑顔で楽しんだ。ファスライは(ドリフェス!世界での)事務所曲が多めだったが、どんどんDearDreamやKUROFUNEとしての曲が増えてきて、武道館ではほぼ事務所曲はやらなかったのもドリフェス!らしいなと思った。みんなのパフォーマンスも素晴らしかった。

たまたまそういう席だったのかもしれないけど、コール?声出し?が未だかつてないほど大きく、それに乗っかってデカイ声を出したらとても楽しかった。

そしてローズシャイニーを着たKUROFUNEは今日も麗しかったし、歌声はロイヤルで美しかった。ホールニューワールドのKUROFUNEはまさに開国で即位だった。

あっという間にライブが終わってしまった。30分くらいに感じられた。いよいよ最後のMCだ。

ドリフェス!は勝った

私はドリフェス!が終わると聞いた時、ファイナルライブの最後のMCで終了の撤回をしてくれないかと望んでいたけど、結果としてはそんなことはなかった。終わるは終わるんだけど、そんな中、壮馬くんは「これは勝ちです」と言ってくれた。

前回のブログでも書いたけど、ドリフェス!は私が好きなところばかりで、いつもその素晴らしさで私を驚かせてくれた。だからこそ終わることで自分の好きなものを否定されたように感じていたところがあった。

でもドリフェス!は「勝った」し、何も失っていなくて増えたものしかない。そういうようなことを聞いてとても救われたような気持ちになった。コンテンツの競争に負けた……とか、自分が好きなものが無くなる……とか、そういった半年以上考えてたことが完全に覆った。

太田くんも言っていたけど、最後だから武道館だったんじゃなくて、彼らの実力で立ったのだ。ツアーで終わっていたかもしれない……と壮馬くんが言っていた(こんなことを言うのはすごく珍しい)。

そこで気づいたのだが、私はドリフェス!の継続だけを望んでいたのではなく、ドリフェス!を誰かに認めてほしいと思っていたのかもしれない。継続=認められている存在という認識でいたからだ。

人気のある作品はたとえ姿を変えたり代替わりをしても、とにかく継続する。特にアプリゲームやこういったリアルタイム感のあるメディアミックス作品は、継続することが優れた作品の証みたいに思っていたところがあると思う。

でもMCを聞いて、ドリフェス!は終わるけど、ドリフェス!を好きなことに自信を持っていいんだなと思った。Tomorrow's Songの「出逢えたことを誇っていい」という歌詞はキャストやキャラ達同士が出会ってこうして組んでいることを歌っているのかと思っていて、切ない歌だなと思っていた。だけどみんなのMCで何回か出た「誇り」という言葉を聞いてからはファンがドリフェス!と出会ったことを誇っていいという意味に感じられ、ライブを経たあとに聴くとまるで別の歌のようだった。

終わってしまうコンテンツにここまで熱心になること、好きでいることに負い目というとおかしいけど、少し卑屈になっているところはあったと思う。こんな売れてるコンテンツが好きなんだと自信を持ちたかったのかもしれない。それか、こんな素晴らしいものが終わるという事実に耐え切れなかったのかもしれない。

でもドリフェス!は「勝った」し、ドリフェス!が終わっても何も失うものはない、増えたものばかり、誇ってくれと言われて本当に嬉しかった(これはキャスト自身の口から聞かなかったら素直に受け入れられなかったと思う)。自分の好きなものに自信が持てるというのは、こんなに素晴らしく明るい気持ちになれるのかと思った。

「少しでもドリフェス!と関わった人はドリフェス!の一部」と言ってくれたのも最高に嬉しかった。ドリフェス!の好きなところはファンを大事にしてくれるところで、確かに参加してるつもりで追っていたけど、まさか一部になるとは思わなかった。私は他のファンの方との交流もほぼせずずっと一人でぶつぶつ言いながら応援していたから、皆さんが何を考えているかは分からない。でも、不思議とあの会場では一体感があった。

最後、キャラにも会えたのも嬉しかった。やっぱりキャラもキャストも両方好きだと思った。「奏くんが連れてってくれる明日ってどこだよ〜!」みたいなネガティブな気持ちがあったのに、あの場で奏くんたちの台詞を聞いたらすごく明るい気持ちになれた。

あんなに頻繁にいろいろ更新されていた、生活の一部のようなコンテンツが終わるわけで、寂しくないわけがない。今も寂しい。だけど、たとえ寂しくなっても明るい気持ちでドリフェス!のことを考えられるのは幸せなことだ。たとえ寂しくても、この数カ月の悔しいような気持ちとは違ってくるだろう。

翌日

ファイナルライブの翌日、ライブ前は寝込んで泣き腫らすつもりでいたけど、起きたとき驚くほど爽やかな気持ちだった。壮馬くんの出る猫ひたを見て、紹介された料理を作るため買い物に出かけた。部屋にグッズを飾った。

寝る前にキャラツイッターの終了の挨拶があった。一日晴れやかな気持ちで過ごしたものの、流石にこれはつらかった。悲しいな……そう思った矢先、ツイッターで「#イケるっしょ!」とつぶやかれているのを見て、よく分からないまま思い出の写真を投稿したりした。実際誰かが音頭を取ったようでもないようだし、もし自然発生的に起こったのなら凄いなぁと思う。

結果トレンド入りして、ド深夜なのに公式ツイッターが反応してくれたり謎の祭りになった。私が寝たあとになんとトレンド1位になったということでびっくりした。トレンドワードとしてテレビにも取り上げられたらしい。よく分からなかったけど、「まぁ私もドリフェス!の一部だし、武道館で歌ったしな」みたいなことを思った。

想定と逆の気持ち

今の気持ちは言葉にするのが難しいような謎の爽やかさがある。ドリフェス!はいつも私を驚かせていたが、終わるときの感情ですら丸っきり逆方向に変えさせた。まさかこんな気持ちになるとは思ってなかった。3月から何回か書いた暗いブログの内容が、まるでネタ振りのようになってしまっているくらいだ。

でもこの気持ち初めてではないな……と思い返したところ、思い出した。初めて見たDearDreamのライブ、2016年の噴水広場のライブを見たあとの妙な爽やかな気持ちと似てるなと思った。あの時は「とにかく未来が感じられる」と盛んに言っていたけど、確かにファイナルライブでも同じことを思った。

ライブ前に発売されたBlu-ray、買ったはいいものの悲しくて見られていなかった。今度友達と大きな画面でワイワイ見ようと思う。彼らは最高に素敵なので、ワイワイして当然である。

私や、私のような人たちのための『ドリフェス!』

※いつものことですが、めちゃくちゃ長くて暗いです。画像は関係ありません。

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武道館まであと1週間、何も準備ができていない。花を送ってみようかと思ったり、手紙を書こうと思ったりしていたが(これはまだ間に合う)、なかなかやれていない。物販の注文票も記入しないといけない。何を買おうか?

 

久しぶりにドリフェス!のことを考えた。

3月の発表から、無意識に正直ドリフェス!のことは考えないようにしていたと思う。考えれば考えるほど、なぜ終わるのか?などとぐるぐる考えてしまっていた(これは理由探しではなく、終わって欲しくない→なんで終わらなきゃいけないんだという気持ちからきてるものです)。

それが辛かった。終わるなんてこと信じたくなかったし、向き合って前向きに受け入れることもしたくなかった。続いて欲しかったからだ。だから考えないようにしていたのだろう。

 

終わることを知る前は、とにかくドリフェス!が今後何を見せてくれるかそれに夢中だった。ドリフェス!はそれだけ私の予想を超えるもの、私が見たいものや欲しい物をを常に与えてくれていた。あんなグッズが出たらいいね、こんな催しがあったらいいよね、きっとドリフェス!ならやってくれるよね。そんなことを話したりするのが何より楽しかった。そんなことは初めてだった。

なんでこんなにハマったかというと理由はたくさんある。キャラクターが魅力的だったり、曲が魅力的だったり、理由を上げればキリがない。ただ一番大きかったのは、ドリフェス!は少なくとも私が知るコンテンツの中で、初めて私がメインターゲットだったものだったからだ。

 

このブログを作ったときに書いた記事で、ドリフェス!の世界観の中ではファンはファンでしかないということを書いた。女性向けという体裁ではあると思うけど、女主人公=ユーザーではないという点が私には合っていた……ということも書いた。

急に私の昔の話になってしまうけど、私は昔から乙女ゲーム的なものや女性向けと言われるコンテンツにハマれたことがなかった。

そもそも向いていなかったのだろうが、「この主人公の女性キャラは私じゃない」と思ってしまうからだ。まず見た目が違う、そこはいいとしても性格が違うのが違和感があった。選択肢でどちらを選ぶか考えても、そもそも私だったらイケメンに話しかけないし、話しかけられることもない、などという元も子もないことを考えたりしていた。

女性のオタクなのに女性向けというジャンルに馴染めないことや、夢女子や腐女子といったカテゴライズに入れないことに対しても寂しさを感じていた(そういった枠に括られることが嫌な方もいると思うのですが……)。

元々どちらかというと男性向けのものが好きだったのだが、「男性向けが好きな女性オタク」という、少なくともメインターゲットではない存在だった。

オタクのカテゴリーにはまれないということは、自分向けのものがあまり無いということでもあった。女性キャラの胸に生クリームがついたイラストのことはとっても好きだったが、男性のおこぼれを頂いてるような申し訳ない気持ちだった。

ただ美少女にしか興味がないわけでもなく、イケメンキャラに夢中になることもあった。だから根っからの「男性向けが好きな女性オタク」にもなれなかった。

 

そんな中出会ったドリフェス!は、まるで私のためにあるかのようなコンテンツだった。男性キャラは好きだけど、恋愛がしたいわけじゃなくて眺めていたい(=ファンでいたい)だけだったり、男性キャラに女児向けゲームのような着せ替えをしたかったり、三次元のイケメンは好きだけどキャラ寄せのメイクやウィッグは無いほうがかっこいいな〜と思っていたり、そういったものが全て揃っていた。おまけに曲も私好みだった。これも別の記事に書いたが、若い男の人がアイドルソングを歌っている……という感じがして良かった。アプリ開始当時、とっても可愛い封筒で届いたキラキラしたドリカも大好きだった。

私はイケメンが好きだということに改めて気づけたのもドリフェス!があったからだ。別にイケメンと恋愛がしたいわけじゃないけど、イケメンを見るとちょっと笑顔になったりできるということが分かった。

ドリフェス!のキャストの皆さんは不思議な存在だった。キャストの皆さんのことを追いかけてる時、私はよく分からない気持ちで応援していたと思う。多分俳優さんやアイドルとして応援していたわけではなかった。自分の気持ちが何なのか分からないが、とにかく自然に楽しかった。

私は恐らく応援がしたかったんだと思う。応援(エール)でアイドルが輝くという世界観は、アイドルをあくまで「ファンの一人」として応援することを肯定してくれているようで嬉しかった。

 

ドリフェス!で「これ、喜ぶ人は多いんだろうけど私はあんまり好きじゃないな、私向けじゃないんだな」と感じたことはほとんど無かった。女性向け全体の盛り上がり方を見ても、私みたいな人間はそんなにたくさんいないと思うし、私向けのものなんかないだろう……そう思っていたけどドリフェス!はまさに私向けだった。
それ自体が、(大袈裟かもしれないけど)居場所のなかった私にとっては衝撃的だった。こんなに私が好きになれて、「私のためにある」みたいな気持ちになれるものと出会えるなんて思ってもいなかった。本当に夢のようで、かなり浮かれていた。

勿論何だって楽しみ方は自由で、メインターゲットじゃなくても楽しめるものは沢山ある。今までずっとそうしてきたし、誰向けかどうかなんて気にせず、これからも沢山のものを楽しんでいきたいと思う。しかし「世の中には私向けのものが存在する」ということがこんなに自分にとって嬉しいことだとは思わなかった。

別に「ドリフェス!は私専用だ」みたいなことを言いたいわけではない。老若男女どんな人が触れてもいいなと思えるところがあると思うし、そういう作られ方をしてると思う。実際ライブなどにはいろんなファンの人がいた。

でも、きっと「ドリフェス!は自分向けだ」と思ってる人はたくさんいると思う。あまり友達が多いわけではないから一概には言えないけど、同じ理由で好きになった人が結構いるようで、それもとても嬉しかった。もう「なんで私は皆が好きなものを好きになれないんだろう」などとグチグチ言う必要はない。私と同じような気持ちの人もある程度いるんだと思うと元気が出てくる。

 

ドリフェス!が終わる理由をいくら考えても答えは出ないけど、「主流のものを好きになれなかった私」が好きになれたコンテンツだからこそ、終わってしまうのかもしれない。私がドリフェス!が終わることでこんなにも悲しんでいるのは、自分が好きなものは本流ではないということを思い知らされてしまったからかもしれない。

ドリフェス!が終わる。多分同じようなコンテンツは中々出てこないと思うし、出てきたとしてもこんなに好きになれるだろうか?それが分かってるからこそ、終わって欲しくない。

キャラツイッターも更新が止まる発表があり、ラジオも今配信されてる分で最終回だ。もうネットの配信番組もない。いよいよドリフェス!が終わるという実感が強くなってきた。それもあり、武道館の最終日にきっと良い発表がある……そんな期待もあまりし過ぎないほうがいいだろうなと思っている。

でも、お願いだから、私や私のような人たちのために、ドリフェス!のことが好きな人たちのため、そして終わったあとに好きになった人のためにもきっとまた復活してください。

 

何をしたらいいのか?何ができるのか?いろいろ考えたし、やってもみたけど、結局ライブ一週間前に手紙も書けていないような状態だし、全く何も出来ていないと思う。時間が経てば受け入れられるかと思ったけど、少なくとも今は全く受け入れられてもないし、ポジティブな気持ちにもなれていない。

たださっき、iPhoneのシャッフルで流れてきたプレフラがめちゃくちゃいい曲で、ドリフェス!のことが好きだなぁ〜と思って、いろいろ考えたら悲しくなってこのブログを書いた。

強い人間は孤独である必要があるか

好きなものに対して書くブログなので突然プロレスの話をし始めます。これを見る人が誰なのか分からないんで登場人物紹介用にまた謎の図を用意しました。(図が書きたいだけ)

私は2人組というのが好きで、WM*1、KUROFUNE*2も好きですが、ゴールデン☆ラヴァーズ(以下G☆L)というユニットを応援しています。今回は私が応援してるケニー・オメガ選手と、彼が組んでいるG☆Lの話をします。

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試合とかの話はあまりなく、ポエムです。まぁぶっちゃけどんな試合が好きかというのは好みですからね(元も子もない)。誰かに語りかけたと思えば自分に語りかけてるみたいな謎の文章になりますが気にしないで下さい。

つらそうなケニー

9.15の広島大会、ケニーがなんかつらそうでしたよね〜。

コンディション的に、前哨戦から見ててもG1のときほど万全じゃなさそうでしたし、それもあると思いますけど、普段みたいにニヤッとしてたり余裕のある感じじゃなかったのが珍しいな〜と思いました。

試合もかなりつらそうで、まぁ対戦相手がつらそうなのはいつものことなんですけど、今回はケニーも同じくらいつらそうだった。試合もつらそうだったし試合後もつらそうだった、身体的にもつらそうだったですけど精神的にも相当つらかったんだろうなというのが感じられた。

試合後のマイク

気になったのが試合後のマイクで、いつも上から目線だったりして「ハァ〜あんな試合してよくこんな余裕綽々で元気だなぁ」なんてニコニコしながら見てましたけど、今回はあまり立ってもいられなさそうで気になった。それに加え、飯伏さんへの感謝(自分が強くいられるのは自分だけの力じゃないと言ったようなこと)とどこへ行っても一緒だよ、約束したもんね(何を?再戦を?一緒にいることを?)みたいなことを言っていましたね。

その約束が果たしてIWGPやろうぜということなのかタッグのベルト狙おうぜなのか、またはそれとは全く関係ないことなのか、きっと2人の間でしか分からないことでしょうから推測することしかできないですが。

男は1人で頑張るべきなのか

ケニーに飛んでる国内外からの「◯◯(差別的文言)野郎」「男なら別れて独り立ちしろ」みたいなリプライ、まぁ普通にレスラーからもコメントで言われたりしてますけど、それへのアンサーでもあると思う。

ケニーの言うchange the worldってのはそういうのも入るんじゃないかなと個人的には思ってるんですよ。男なら1人で頑張るもの、プロレスラーなんか強さの象徴なわけで、それこそ家で奥さんや子供が支えになってるとしても仕事では1人で頑張るのがカッコイイみたいなのがあるじゃないですか。

シングルプレイヤーとして一流目指すなら周りは全員敵だし、タッグを組んでようがチームだろうが全員ライバルですから、たしかに1人で頑張らないといけない。それが普通の価値観だよなと思うし、だからこそ「お前らライバルなのにベタベタしやがって」「そんなんじゃ強くなれないぞ」とか言われるんですよ。

それもめちゃくちゃ分かるし1人で戦う人間は男女関係なくかっこいいですよね。孤独なヒーローはカッコいい。でも、そうじゃない人がいてもいいと思う。そんなにプロレス長く見てるわけでもないから断言できないけど、なかなかこんな周囲…というかパートナーへの感謝を述べるチャンピオンいないですよね。チャンピオンは1人で最強なので別に周りの人間に感謝する必要ないですから。

私はあんなにフィジカルが強いのに弱さを見せて感謝できる人って素敵だなぁと思いますけど、プロレスは夢を与える仕事ですから、孤高であって欲しい人とってはきっと面白くないんだろうな。

1人で強くなれたのは間違いないけどという話

たまに思い出すのが、確かケニーがG1で優勝した後に東スポのインタビューでした「一人は…さびしいじゃないか」という発言*3です。

私はケニー初来日時から追ってるようなコアなファンではないですけど、ddtにいるころのケニーと飯伏さんの差というのは気になっていました。G☆Lは「スターである飯伏さん」と、ケニーのチームって扱いでしたよね。私はケニーが好きでG☆L見てましたから納得いかないことも多かったです。

それにddtには総選挙があるから人気が数値で出ちゃうじゃないですか。総選挙でのケニーの姿は本当に見ててつらかった。特にddt辞める直前の最後の総選挙結果発表でのケニーの悲しそうな顔と当然のように大人気の飯伏さんの差が物凄く感じられてつらかった。

そんな中ケニーが新日に移籍することが決まった。飯伏さんみたいに2団体所属ではなくddtはきっちり辞めての移籍ということで、相当な覚悟が感じられた。正直ファンとしてはめちゃくちゃ不安でした。男色先生(だったかな?)が最後の試合で言ってた通りコミカルな試合なんてもうできないだろうし、新日も見ていた身にとっては新日のスタイルにケニーのスタイルが合う気もしなかった(今もピタッと合っているかというと微妙な気はしているのですが…これがいわゆるイデオロギーという感じですかね)。

ケニーの素敵な個性が潰されてしまうのは嫌だな〜というオタクの業ですけど。それに新日って歴史ある国内メジャー団体だから生え抜きが大事にされるイメージがあり、インディーからキャリアをスタートさせてる中途入社みたいなケニーはやりづらいんじゃないかと思った。

その後は日本語マイクも封印して鬼カッコいいクリーナーになり(銀髪にサングラスに黒革コートはほんとクールでかっこよかった)、まぁ人気も出てよかったですけど、悪ぶってるケニーが素のケニーではないのは一目瞭然でしたから複雑な気持ちではあった。ただ1人で頑張ったことでいつまでも2番手でいる状況からは脱却することはできた。

孤独な状況下でやるべきことはやった

そんな中初出場・初優勝したG1ではケニーの感情が段々見えてきた気がしました。こんなに日本と日本のプロレスに尽くしてるのにファンが自分を応援してくれない、みたいなのの吐露があったり、アッチ行かない発言もあって、自分の言いたいことが言えるようになって良かったと思った(これもオタクの業です)。その後色々あって、G☆Lが復活して、ケニーにも笑顔が戻りましたし、いや、良かったですよね。

クリーナーが好きな方からしたら「え、誰?」くらいの変貌で、しかもそれがキャラ変という感じでもないからまぁ戸惑いもあったろうに思う。今のキャラあんま好きじゃない人もいると思う。ベルトを切って飯伏さんと2人で分けたいとか、ファンが元気付けられることはベルトより価値があるみたいなこと言いますからね(私は素晴らしいと思うけど)。ヤングバックスが以前何かで言っていた「彼の選択には正解も間違いもあるけど、その時その時でベストな選択をしてるし、そこが人間的で応援したくなるんだ」みたいなことなんでしょうか。

孤独であることは必須か

急に9.15の話に戻りますけど、バックステージコメントでシリアスなコメントを残した後(上の動画5:45ごろ)、飯伏さんが現れたらニコニコして「そばにいてくれてありがとう、これからもゴールデン☆ラヴァーズで…」とケニーが言ってて、その悲痛な感じに個人的には凄く衝撃があった。分からないんですけど、ケニーは今凄く不安なんじゃないかという気がした。イデオロギー論争で負けたらそれこそ居場所がなくなるかもしれないし、それでまた孤独になることや今まで命をかけてやってきたことがリセットされるのを恐れてるような気がした(ポエム)。ケニーはオタクに与えてくれてばかりだから、オタクからすると何もできることはないんだけど、ケニーがそれを望むなら飯伏さんはずっとそばにいてくださいと思った。

今回の試合、飯伏さんは解説があったからセカンドにはついてなかったですよね、だから見てる方からしたら何もしてないじゃねーか、力になってないじゃん、しかも最後のマイクで急になぜ飯伏さん?と思うかもしれないけど、きっとケニーからしたらそういうのは関係ないんだなと思った。一緒に戦ってる気持ちなのかもしれない。

ケニーはとても厳しい中いろんなものと戦っており、そこでG☆Lを組めてるという事実が必要なのか、こうして一緒に活動をすることが必要なのか分からないけど、なんかそういうことなんだろうなと感じました。

2人組だってお互いライバルですけど、だからといってどちらかが優位に立つ必要はないっていうのをケニーは言いたい気もする。まさに前のG☆Lの2人には差があったけど、やっと2人同じ目線に立てたというのもあるのかもしれない。そんな中最後抱き起こされて去るときに笑いながら「やっぱり俺より強いんだね、イブシさん…」とか言うケニーはどんな気持ちなんでしょうか?

飯伏さんとケニーは生まれた国も違うし思想も向かう先も試合スタイルも完全にピッタリ一緒じゃないけど、試合になればピッタリ一緒になるのが素晴らしいと思う。それにお互いがいることで安心して戦えるならそれでいいと思うし、孤独であるのは必須条件じゃないってことを見せてくれるとオタクとしては元気が出るなと思いました。別に誰かを下げなくても、蹴落とさなくても1番にはなれると思いたいです、甘いかもしれないけど……。

(話はずれますが)ケニーはどこかにいくのか?という件

なんかグッバイ新日本が波紋を呼びそうな感じはしていて(壁打ちなので波紋を呼んでるのかすら分からない)、お前やっぱりWWE行くのかー!というのがありそうですけど、私は行かないと思う。正確に言うと「チャンピオンになったしやること無くなったから」という理由で行くことは無いと思う。というのもまだG☆Lでタッグのベルト取ってませんから、せめてそれまでは「やることがなくなった」なんて状態にはならないと思う。考え過ぎかもしれないけど、飯伏さんがヘビーのベルトを巻くまではいると思う。

で、それでなぜグッバイ新日本と言ったのかという話ですけど、グッバイ新日本というのは「古い価値観の新日」とさよならってことだと理解しました。その前にグッバイタナハシと言ってるし、そういう流れかなと。

あっ、これなんか私知ってるぞ……あっ!これlucky train!ですよ!*4

勿論匂わせも入ってると思いますけど、直近WWEに行った人で「俺行くかもな〜」なんて匂わせてから行った人1人もいないんでナシだと思います。

ケニーが行くとしたら「やること無くなった」じゃなくて、「ここではもうやりたいことがやれない」だと思う。ここに関しても「どうせ外国人は日本で名前売ったらWWE行くのがゴールなんでしょ」と思われて応援しきれないみたいなのを変えていこうという意思は感じるし、今までの「WWEに引き抜かれた!」みたいな感じにはならないと思う。それに新日を離れるとしても選択肢はWWEだけじゃないし、きっとケニーは自分が目指すものを実現できるところを選択して行くんだと思います。

そう考えるとやっぱり団体を背負うというのは違うのかもしれないな。団体箱推しだったり団体に帰属意識があるファンにとって引っかかるのはそこかもしれないな。私は団体を守るとかより個人に興味があるから気にならないのかもしれない。

もし彼が日本を離れてしまったらちょっと悲しいですけどね。ケニーが日本のプロレスとオタクのために凄く身も心も捧げてくれてきたのは間違いないですから、ここからなんとか価値観を変えていってほしいな〜。ドームで負けてしまったらどうなっちゃうのかな?怖すぎて1.4見れる気が全くしません。休みだけどなにか予定を入れて見ないかもしれない。それくらいオタクにとっても怖い戦いです。一旦忘れようかな。

 

見返したら文字数がヤバかったのでこのくらいでやめます……。

*1:アイカツ!に出てくるトップアイドルとガーデナー(新人アイドル)のアイドルユニットです

*2:ドリフェス!に出てくるとてもカッコイイアイドルユニットです

*3:【新日G1】初出場初優勝!ケニー・オメガが史上初の外国人覇者に

*4:歌詞貼っておくので見てください。こじつけです!!!!!!

「やりたくてやってる」のか「やらされてる」のか「それで幸せなのか」について

ブログ名通り気持ちのブログなので、たまに思っては忘れまた思い出すことについて書こうかなと思います。

↓はなんかまとめたいなと思い作った図なのですが、なんだか怖くなってしまった……真ん中に配置したオタクの絵が怖いんですかね。ブログを見返すとこんな図を作ってばかりですね。好きなんですかね、図をつくるのが。

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今回の記事はなにか特定のジャンルについて書いたものではないので、ご承知おきください。記事の中に「推し」という表現が沢山出てきますが、アイドルなどに限らず応援や憧れの対象となる存在のことを便宜上そう表現しています。便利な言葉だな!!!!!!(それ以上の感情はありません)

特に直近の物事に対してのことでもないのですが、すごいタイミングで何かが起こってしまった場合はすみません!わざとではありません……。

 推しの仕事

何かを応援するとき、例えばアイドルなどの芸能人、スポーツ選手、文化人、作家とかなんでもいいのですが、「やりたくてやってる」のか「やらされてる」のか「それで幸せなのか」みたいなことがふと頭をよぎります。

大衆向けのなにか、接近イベや地方回り、今までの方向性と微妙に外れたなにか、ファンサービスとかそういうやつって結構賛否あったりするじゃないですか。素直に楽しんでる人もいっぱいいるし、「搾取!」「大衆迎合!」「きっと嫌がってる!止めさせて!」みたいなやつです。

そういった議論を見るたびに「私の推しはこの仕事をやりたくてやってるのかなあ、やらされてるのかなあ」と思います。

私はあまりその仕事一つ一つに関してはあまり感情がわかないのですが*1、実際「仕事に対して推しがどう思ってるのかを想像すること」自体が気になったりしています。

握手会がわかりやすいので例に出してしまうのですが、握手会ひとつでも

喜ぶ人→嬉しい!元気出た!握手するためなら○円くらい払う!

喜ばない人→沢山の知らない人と握手することで心身の健康を損なうのでは?搾取では?ステージの上の姿しか見たくない!

とかいろいろあるなあと見てて思いました。しかも割と相容れないって感じもします。同じファンでもお互いのスタンスの違いを認め合わないというか。多分お互いの行動が推しへの不利益になると感じているからじゃないかと思います。

推しの幸せとはなにか

ということはみんな推しの幸せを願っているんだとは思うんですよね。握手会の例でいうと、肯定派は握手参加権的な課金で推しも潤うし……というのがあるだろうし、否定派は推しの健康やストレスなどを気にしてると思うし……。

と考えるとみなさんそれぞれに推しがどういう状態が幸せなのかというビジョンがあるってことかあと思いました。推しがとにかくビッグになることが成功とか、推しが一人の人間として自由に生きることを望むとか、推しが自分が思う幸せな状態になってほしいのかなあと……どうなんでしょうか。

推しの幸せを考えるにあたってつらいところは、結局推しがどう思ってるかなんて分かりっこないというところですね。裏垢か何かが流出しちゃったならまだしも、インタビューで言ってることだって本心かなんて分からないですし……。「実はあの仕事は嫌だったんだけどステップアップのためにやった」みたいなこと言う方もいるけど、その数年後に「あのときはそう思ってたけど結果やってよかった」と意見が変わる方もいるしなあ。そのときそのときの発言を信じるしかないんですけどね。

正直親しい人、友人や家族だって何考えてるかわからないときがあるとすると、憧れの存在が何考えてるかなんて分かるわけないじゃないですか(怒)分かりたいですけど……。

別に普段の仕事のひとつとしてなんとも思ってないかもしれないし、舌を噛み切るほど嫌かもしれないし、オタクとしてはちょっとした表情や言葉のニュアンスからそれを察したりもしますけど、そう思わせるための超高度な演技かもしれないですよね。私にはできない高等技術ですね。

自分の考えを推しに投影する

推しはどう思って日々仕事をしてるんでしょうか。結局これって自分がどう思ってるかの投影なのかもしれない。単純に自分が嫌いなものに関わるのが嫌とかそういうレベルのこともあるだろうし、それを良しとする人がいる事実が受け入れられないとかもあるのかもしれない。自分の仕事がつらくてせめて推しだけは…と思う人だっていると思うし……。

周りの人間やファンの人を傷つけても本人の自由にやるのが推しの幸せだと思う人もいれば、推しがつらそうでもやりたくてやってる(やると決意した)なら応援するよみたいな人もいる。自分が何を大事にしてるかみたいなのを再認識する作業を常にしている気がしてきました。推しの気持ちなんかわからんからそうするしかないよなあ。

自分はどうか?

私はどうなんでしょうか。わかりません。もちろんやりたいことをやって幸せで大成功をするのが最高というのは思いますけど……わからんな……。でも頑張りすぎて結果美月さんみたいに倒れちゃったりするのもきついし*2、でもやりたいならやって欲しい、でも休んでほしい。かといって休みすぎて仕事がなくてつらそうなのも困る、御本人が納得行く感じで働いてほしい。

……と幸せを願う一方で私が思う最高の存在になってほしいし、いつまでも自分が好きでいられるような存在でいてくれ(私の期待を裏切らないでくれ)みたいなオタクの業みたいな意識もありますね。ひどすぎる……。

−−−−−以下は自分の決意です−−−−−

自分がオタクの業を背負っていることはわかったので、とりあえずオタク同士で傷つけ合うのはやめようと思いました。自分がどんなスタンスであれ、オタク全員に自分と同じものを求めたり、自分が嫌なものを楽しんでるオタクの方を批判したりしてオタクバトルをしたりしないようにします。基本ツイッターは壁打ちなのであまり経験ないですけど、「最高〜!」と言ってるときに「私は最高なんて思わない。だって推しがかわいそうだし、最高と思うお前も同罪だよ」みたいなこと空リプで言われたら悲しいですからね。ん?こんなこと言われたことあるか?これは仮想敵です。

なんかえらい文字数になってしまいましたが、冒頭の画像ですべて気持ちが説明できてしまった気がして落ち込んでいます。

*1:もちろん個人的に嫌なセンサーに引っかかり「エッそんな仕事?!」と思うこともあります

*2:アイカツ!第47話「レジェンドアイドル・マスカレード」の話です

終わるような終わらないような日々

※とても長い上に過去の記事と同じようなことを言っていますし、ただただ自分の心情を書いています

※暗いポエムです

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3月5日ドリフェス!の諸々の終了が発表されてから約4ヶ月、

5月1日アプリが終わってから約2ヶ月、

ドリフェス!が終わるような終わらないようなそんな気持ちで日々過ごしていた。

そんな中今日のドリフェス!部にて武道館の追加公演が発表された。こういった興行に詳しくないのでどの段階で会場を押さえていたのかなどは分からないけど、素直に嬉しく、すごいと思った。家族全員呼ぶかと思ったくらいには嬉しかった。

アプリの終了と喪失感

アプリが終わって、ものすごい喪失感に襲われた。以前この記事でも書いたが、約2年間も遊べたアプリが初めてだったし、初めて課金したアプリだったし、思い入れが強かったからだ。衣装もライブももう見れないし、新規シナリオももう二度と見られない。そう思うと悲しくて仕方がなかった(これを打っている今も思い出してつらい)。

ドリフェス!で埋まる土日と疑問

だがその悲しさがある一方、「ドリフェスで忙しい」毎日は続いていた。立て続けに発表されるコラボカフェ、コラボショップ、(直接的には関係ないけど)はたおにのイベントなど、アプリがあったころ以上に追いきれないようなくらい色々あった印象がある。

グッズもたくさん出た。アプリの課金がなくなったことでよりグッズにお金が使いやすいというのもあったけど、「(コンテンツの終了を)考え直してくれないかな」という気持ちも込めて沢山買った。そういった“お布施”的な買い方も多少はあったけど、以前より買いたくなるような趣向が凝らされた素敵なグッズが増えたと思う。部屋にどんどんドリフェス!のグッズが増えていった。なんだか他のファンの皆さんも熱心に活動されているようで楽しかった。あまりアニソン系のイベントに詳しくないのだが、某大型アニソンイベントの発表も何だか凄いらしく嬉しかった。

そうした中で、「ドリフェス!、こんな沢山イベントやコラボがあるのに終わるのだろうか?こんなファンも熱心で活発なコンテンツなのに、終わるのか?」という気持ちになることが多かった。

だが、そのすぐ後でいつも「そうか、終わるからこそこんなに色々あるんだし、終わるからファンが活発にもなってきたのか」という気持ちにもなった。

終わるから、武道館があるから、それに向けてのイベントやコラボ、グッズなのだろう。何だか終わりが決まったのが急なような雰囲気もあったし、もしかしたらもっと後にやる予定だったコラボもあったかもしれない。

終わらないようなやっぱり終わるような気持ち

ドリフェス!に終わってほしくないから自分なりにやれることはやってきた。要望も出したし、SNSでトレンドに入るといいなと思って普段は使わないハッシュタグを使ってつぶやいたり、色々グッズを買ったりもしてきた。ドリフェス!が終わる理由は色々あるだろうから分からないけど、ファンの熱が届いて終了が撤回されたり、区切りはつくけど年1回でもなにか新作や公式イベントがあったりするくらいになってくれたらなと心から思う。

そう思う一方で、「終わるから」こそ「終わらないような感じ」になっているのかな、どうしてもそう思ってしまう。それがとても悲しい。

いつまでもダラダラ続いたり、コンセプトを変えて生き残る手段を選ばなかったというのが、ドリフェス!らしいし素晴らしいなと思うものの、やっぱりもう少し見ていたかった。

武道館の後

武道館2DAYS、その最終公演の最後のMCで良い発表があるといいな。

そう思うけれど、そう思った瞬間に“何も次に繋がる発表がなかった”パシフィコを思い出してしまったりもする。そういえば嫌な予感があのときもしていたし、「頼むからパシフィコの後に彼らの口から何か発表が聞きたい」そう思っていたけど何もなかった。

そう思うと怖くて仕方ない。

きっと過去最高に素晴らしいだろう武道館2DAYSが終わって、彼らの口から感謝の言葉を聞いて、会場がそのまま明るくなる。涙を拭きながらスマホを開いてTwitterを見ると、公式アカウントやキャストの感謝のツイートが流れてくるだろう。一緒に観ていた友達とごはん屋さんで泣いたりしながら「凄いよかったね」「終わるの悲しいね」なんて言ったりして、そのまま帰宅する。想像すると悲しくて泣いてしまう。

そうならないで欲しい。「な〜んだ、ドリフェス!終わらないんじゃん!」とか「今までよりだいぶペースは落ちるけど何かあるっぽいし良かったね」とか笑いたい。「終わらないのかよ!コンセプトがめちゃくちゃだな!続ければいいってもんじゃないぞ!」とインターネットで怒り出す人がいたっていい。

今日のドリフェス!部で7人揃って笑ってる姿を見て「終わらないでくれ!」心からそう思った。ドリフェス!終わってほしくない。キャストの皆さんも、俳優としてのお仕事でとても忙しそうだし、そういうのも終わる理由としてはあるんだろうなと思っているが、それでもやっぱり終わってほしくない。たまにでいいからアイドルとしての姿を見せて欲しい。

この数ヶ月で「ドリフェス!終わらないんじゃないか」と思ったし、「俳優としてカッコいい姿を見られるんだからいいじゃないか」とも思ったことは事実だけど、やっぱ終わってほしくないんだよな。

何もかも消えゆくし、どんな生き物だって明日死ぬかもしれない、いいときに終わるのが美しい…というのはあるんだけど、それはそれとして、ドリフェス!永遠に続いてほしいな。というのをブレードランナーのサントラを聞きながら思ったりした。(ポエム)

トピック「私と『ドリフェス!』」 - はてなブログ

二次元のみんなのこの先

二次元のみんなはどこへ行くのか

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(画像は記事とは関係ありません)

ドリフェス!が終わったら二次元の世界のみんなはどこへ行くのだろうか?ということを考えている。

武道館へDearDreamとKUROFUNEが行ってしまったらドリフェス!プロジェクトが終わる。二次元の世界ではシアターの移転が行われアプリが終わり、三次元としては武道館公演がラスト。

三次元のみんなの姿はこれから彼らが俳優を続けていく限り見られるから意外と落ち込まないでいけるかなって思ってる(いや、これは噓ですね。楽観的すぎる。私はステージでのみんなが見たいから武道館で最後にして欲しくない)。

けれど、二次元の世界のみんなのことはもう本当に姿さえも見られない。キャラTwitterだけでもと思ったけどキャラTwitterだけ続いてくというのも考えづらいし、続かないと思ったほうがいいと思う。(でも、続いて欲しいから要望は送るつもりです。)

アイドルの本当の素の姿

これはこのブログの最初の記事でも書いたけど、ドリフェス!の特にアプリだと彼らの本当の素顔は見られない。隠し撮りだって、隠し撮りじゃないかもしれないし。アニメでやったのもドキュメンタリーだし、私は二次元のみんなのことを知らない。

とつバクを全部見たって彼らの本当の性格とか、挫折とか、きっと分からないと思う。もちろん青春大陸でいろいろ見られているけど、アレだって撮影だからな〜。でもそこ(アイドルはアイドルとしての姿しか我々に見せないところ)が好きだから、どうしようもない。

私は二次元のみんなのことも一人ひとりアイドルとして好きだったから、二次元のみんなに関しては「芸能界引退」くらいの気持ちになっている。

もちろん二次元の世界ではシアターが移転するだけだし、彼らの活動も続いていく。それは信じられるけど、急にTwitterも終わり、アプリも終わり、何もなくなったら……。Twitterが終わる際には、事務所の都合とか、何か理由付けがされるとは思う。でも、シアターが移転しただけなのに、何故とつバクもミラステも見られなくなる?

アプリが終わるからというのは分かっていますが、私は応援したい気持ちがあり、DearDreamもKUROFUNEも解散するわけでもないのに、何故何もかも見られなくなるんだろう?

新しい会話がもう見られなくなる

彼らの新しい何かは、コンテンツが復活しない限り永遠に見られないだろう。突然投稿されるTwitter(Twitterなのだから突然で当然である)、定期的に更新されるアプリのシナリオ、コラボのグッズ、新規のイラスト……など、今まで毎日のように更新されていたものが見られなくなる。

VRの買いきりアプリがあるけど、ずっと同じ演目で悲しくなってしまうかもしれない。

ひとつ前のブログでも書いたが、妄想で補うことは当然可能だ。私も妄想は大好きだけど、ド!は公式のリアルタイム性が強く「生きていた」分、ファンが公式になりきって何かを産むのは困難だと思っている(妄想でしかできないことも勿論あるし、それは私も続けていきたい)。

なにより、私はあの「妄想では絶対にたどり着かないレベルに面白いキャラの会話」が好きだった。風間くんがクリスマスに黒石くんとした会話、あれは私には絶対に思いつかないし、ゲラゲラ笑った記憶がある。

(↑これです。今見ても凄すぎてヤバい)

だからこそ面白くて好きだった。片桐いつき君の「今日は○○をしました。(中略)楽しかったです。」みたいな日記風の独特なツイートも好きだったし、純哉が語尾をたまにカタカナにする感じも昭和感があり好きだった。

アプリでは、とにかく雪山のシナリオ(黒石くんが寝てたり、奏くんがイエティを見たりするやつです)が好きだった。あまりに奇想天外で当時は本当に驚き、笑い転げてしまった。黒石くんの「やべーな」の言い方が好きすぎて何度もリピートして聞いた。

最近のアシンメトリックモリーや純哉のユメノコドウのシナリオもとても良かった。過去の話でありながらもどこか爽やかで、ドリフェス!にしか出来ないシナリオだと感じた。

公式がなくなったら、あの時には涙し、時には声を出して笑えるシナリオ・会話が見られないのがとても悲しい。あれは絶対に我々ファンには作れない。無理だと思うし、無理だからこそ好きだったし尊敬(?)していた。

新しい姿だって見られなくなる

みんなの超カッコイイイラスト、イラストと表現するのが適切か分からないけど、イラスト……。あと、3Dモデル。洋服。もう見られないのか。

風間くんのビジュアルが好きすぎて、もちろん内面も好きですけど、とにかく好きでカードが出るたび舞い上がっていた。

衣装も好きだった。ローズシャイニーとライブアライバルは頂点(何のかは分からないけど)だと思うし、最近出たチョコレートスチームメイドは目を疑った。凄すぎる。

あと、DCDの風間くん。DCDやってる方はきっと分かってくれると思いますが、私はすべての風間くんの中でDCDの風間くんが一番かっこいいと思う。

そう、それだってもう新しいもの見られなくなるし、推しに好きな服を着せることも出来なくなるわけですが、実感がまだ湧きません。

二次元のみんな

二次元のみんなとの気持ちの区切りはどうしたらいいんだろう。二次元のみんなも生きてると思ってるし、そう見せていたプロジェクトだったと思う。

私は正直なところ三次元のみんなが好きすぎて、どちらかというと三次元寄りの人間だと思っていた。ただ、終わるということが分かって改めて、二次元のみんなのことが同じくらい大好きだったと気づいた。ドリフェス!にハマった理由の一つが、キャラTwitterだったなというのも思い出した。ドリフェス!はやっぱり5次元で、片方の次元だけでは成立しないと思う。


だからこそ、ドリフェス!は区切りをつける。三次元だけ続けたって良かったと思うし、それをしなかったのは色々理由があると思うけど、やはり二次元の展開がなくなる以上は……というのはあったと思う。

ファンの心の中では生き続けるし、キャストの中に生き続ける。猫ひたを見ていると壮馬くんが奏くんに見えてきて、とつバクを見ているような気分になることがよくあるし、キャストの中に生き続けるのは間違いない。

それは何度も自分に言い聞かせているから分かっているのだが、新しい奏くんたちの情報が入ってこなくなるというのが寂しくてたまらない。

 

奏くんが連れてってくれる明日はどこなんだろう。奏くんが連れてってくれる明日に奏くんはいるのか?奏くんがいなくても私の中に奏くんはいて、常に一緒に前進していくとか、そう考えればいいのだろうか?奏くんはもう何も言ってはくれないのに?

純哉の言うサイコーの先はどこなんだろう。サイコー超えたら純哉が見られなくなってしまうってどういうことなんだ?話が違うんじゃないか?

黒石くんはきっと曲を作り続けるんだろうけど、なぜ私はそれを聞けないのか?

そんなの、何故かは分かっています。そりゃそうだとしか言えません。当たり前です。そんなことは分かっているけど、どうしても悲しくなってしまう。

 

あれ?なんか結局前回のブログと同じことを書いている気がするし、結局ポエムになってしまった。

このブログ、ドリフェス!について長文で語りたいとき用に作ったんですよ。もちろんポジティブな意味でです。まさかブログを作ってちょうど一年のタイミングでこんな記事ばかり更新するようになるなんて思っていませんでした。

 

今のところ、キャラのいなくなった世界に関しては何も考えられなくて、ポッカリ空洞が広がっている。 時間が経てば何か前向きに考えられるようになるのだろうか。

 

【追記】

黒石くんのツイートを見て、そうだね、と思いました。みんな、どこへ行っちゃうんだろうな。

全然文脈は違うんですけどね。

ドリフェス!が終わったら

緊急放送、ありましたね。見ました。

これは私個人の気持ちですが、結果として一番悲しい発表がありました。武道館単体で見れば、それこそ「サイコー超えてる」けど、そうか、ドリフェス!終わるのか……(今回の記事では表現として終わりと言っていますが、一区切りだと思ってますし思いたいです)。

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もちろん、良い発表もありました。終わりに向け、CDやブルーレイの発売(ツアーとバトライが分かれて出るのはクロフネの女として本当に嬉しい)、そしてファイナルライブを武道館で開催。めっちゃきっちり最後へ向けていろいろやってくれる!終わるコンテンツに対してここまでやってくれる。ありがたい……ありがたいんですけど……。

そうか、ファイナルかあ、そう思った次の瞬間、「やらなくていいよ!武道館!」と思ってしまった自分がいました。ファイナル、やらなければファイナルじゃないですからね。

 

それに、なんかこんな、もっとじっくり続いてくコンテンツだと思ってました。勝手にですけど。すぐ終わらせるには勿体無い気がして……。コンテンツの出来と継続って関係ないと思いますけど(だからこそ再評価というものが存在する)、もっとじっくり、こんなパシフィコから急に武道館なんて、急に会場でかくなりすぎですよ!

それに、終わりなんで武道館ですみたいな、そんな!武道館なんて途中経過として見たかったし行きたかった。

株さんが放送で、例えば10年後キャラも俺達も年を取ってみたいな話をしてくれたり、富田くんがいつもみたいに宇宙の話して和ませてくれたり、とても嬉しかったです。

でもとても悲しい、今はとても悲しい……。

 

始まりがあれば終わりは必ずあるし、例えばアプリやコンテンツ継続に大して「もっと課金していれば」とか「アレは終わるけどこっちのコンテンツは◯◯(数字が入ります)だしきっと続く」みたいなのってよく言われることだけど、本当にファンからしたら分からないし、もちろん絶頂で辞める場合もあり、その点においては仕方ないなと分かってはいるのですが、つらい!

私が月にもう1万課金していれば、CDをもう一枚買っていたら、続いたのか?そんなことは分からないので、そこは気にしてないです。

 

そういうのは置いておいても、正直つらくないですか?私はつらいです。

きっと終わって悲しいことばかりでも無いと思います。ド!の仕事がなくなったことでキャストのみんなが他の仕事ができるようになったり、またはゆっくり休めるようになったり、そういうやつです。前向きに考えようと思えばいくらでも考えられます。

私だってド!に使ってたお金は浮くし、ポワポワ夢を見ていないでもっと現実に目を向けられるようになるかもしれない。デスクトップの背景もアミュモバのカッコイイKUROFUNEの画像じゃなくて単色のもっと機能的なやつに変えられるかもしれない(人物の写真の上にデータが乗っているのは見づらい)。ド!のポスターやうちわを部屋に飾らずにおしゃれなインテリアにしたっていいかもしれない。土日だってアイドルの追っかけに使わなくてよくなるかもしれない。

でも、今ものすごく悲しい、とにかく悲しい。せめてもう少し続いて欲しかった。オタク部屋だって土日がイベントで埋まってヘトヘトだったりしたって構わないので続いてほしかったです。ただ、続いても、いつか終わるんですよね。それは分かってるけど、こんなに早いと思わなかった。夢叶えて終わってしまうのだろうか。夢が現実になるってこういうことだとは思っていなかったです。多分だけど、ニチアサみたいに1年とか決まっていたらこんな気持ちにはならなかったんだろうな。

 

そして恐らくこういう形になることが分かった上でライブしたり色々やったりしていたキャストのみんなやスタッフさんの気持ちを考えるとどうにかなっちゃいそうです。私だったら絶対笑えないです。アイドルは凄いなあ。絶対武道館は笑って参加したい。泣いてると思うけど。

 

KUROFUNEのワンマンライブ、黒石くんの「歯磨いたか?」、風間くんが子役やめてからKURUFUNE結成するまでの過去のシナリオ、ローズシャイニーとタータンパレードを着たキャストのみんな、4年目のAGF・3回目の噴水広場、アニメ3期とか見たいものはまだまだあった。さっきまでは「まあいつか見れるだろう」と思っていたけど、終わったら見られなくなってしまう。妄想で補ってもいいですけど、妄想ですからね。そこにそれこそ一区切り付けて、妄想で続けていければそれはそれで楽しいのは知ってますけど、公式が終わるのが早すぎるように感じてしまう。期間で言えばそうでもないのかもしれないけど、詰まっていた分早く感じました。

パシフィコのあとにブログを書いて下書きで残してあったんですが、「ライブ後何も発表なかったな、でも終わっても後悔はない!前向きに行きていこう!」とか書いてありました!嘘ですね。

 

果たしてドリフェス!は終わるのか?ということについて緊急放送が終わってから3時間くらい考えていた。終わりとは何なのか?一般的なコンテンツの終わりとは……ではなく、ドリフェス!の終わりについてです(最初にも書きましたが終わりとは思いたくないので思っていないです)。

「キャストの中に生き続ける」とか「ファンで居続ければ終わらない」「ジャンルとして残れば残る」とか色々あると思うし、全て正しいと思う。たとえば同人活動をしたり、こうしてブログを書いたり、例えば定期的にオフ会をしたりとかで忘れないというのもあると思うけど、私はかっこい衣装を着て歌い踊る3次元のみんな、アプリで歌い踊ったりロケをしたりTwitterでワイワイする2次元のみんながもっと見たかった。

もちろん終わるというか、一区切りという言い方を壮馬くんもしていたし、終わるとも言い切れないかもしれない。でも終わりだと思う。一旦は。逆に継続してても追っていなければ終わっているのと同じだとも言える。自分で認識していないのだから。

 

今こんな感じですが、武道館までにはもっと感謝ができるようになりたいです。私はド!から何を学んだんだ?と一瞬思いましたが、学んだと言うか、好きだったので、好きなものが無くなるのが悲しいという気持ちが強すぎて感謝までまだいけないのがつらいです。

アニメ2期最終回で「明日へ連れてってあげる」と言っていた奏くん。果たして今後も明日へ連れてってくれるのだろうか。まだキャラTwitterの行く末とかわからないけど、ドリフェス!の更新が一切なくなってしまった後も?正直ここは私というかファンの気持ち次第なんだろうな。

慎くんは高所恐怖症克服できるかな?純哉はいつか後輩としてではなく三神さんと共演できるかな?いつきくんは大学へ行けるかな?チヅも急に背が伸びたりするかな?風間くんはずっとプリンスでいるのかな?黒石くんは曲を作り続けるのかな?とか、ずっと考えています。

ド!も、プロレスラーみたいに何度も引退して何度も復帰して何度も再結成したらいいのにな。

 

段々ポエムみたいになってきたしとりあえず日付は変わったけど今日は月曜日だし、明日は火曜日だし、ということを思い出してなんとか寝ようと思います。