気持ちのブログ

好きなものに関する感想や思ったことを書くブログです。全てポエムです。

1.4以降の諸々の感想

1.4以降色々あったしそのことについてずっと頭でぐるぐる考えがまとまらず、ウワーッ!となっているので自分の感想をまとめようと思い書いています。

※考察とか情報ではなく感想です。長いです

※新日の2018年のG1以降の展開について好意的な方、楽しんで見ておられた方、現チャンピオンのファンの方はあまりいい気分にならないかもしれないので注意してください。

 

まず1.4について

興行全体でいうと、離脱の噂があった人が続々負けていく(ベルトを落としていく)という展開が続いてなんだか俯瞰の視点で見ちゃったな〜という感じだった。俯瞰の視点で見過ぎると試合自体に熱中できないタイプなので、ちょっと惜しいことしたなという気もしている。

飯伏さんが担架で運ばれたのがショックで、直後の数試合はしばらくぼーっと見てしまって気づいたら試合が終わっていたりした。それもあって変に俯瞰視点になってしまったのかもしれない。

ジェリコ内藤戦、元々ジェリコのファンだから贔屓目で見てることもあるだろうけどジェリコが本当に見事だな〜と感じた。また別の選手との試合が見てみたいので新日と何らかで絡むと嬉しいなと思う。(AEWとの契約上もいけるみたいだし)

Kenny’s Questについて

アンダーテール(しかも作者と作った……?!)モチーフということだけど、知らなくても随分風刺(?)がきいてて最高の煽り映像だなと思った。

正直10.8以降の動きや団体から出る映像などでの諸々で気分が最悪になっていて、1.4の視聴モチベーションが過去最低になっていたので、あの映像がなければ見てなかったかもしれない。

あれを自力で用意するプロデュース能力と、どんよりしているオタクへの優しさ、そして常に発信して話題を提供する姿勢など、もう世界最高という感じで本当に最高だと思う。

1.4メイン(棚橋ケニー戦の方)について

年末にかけての番組とかの構成が偏り過ぎな件などもあって、煽りVのところは中継消していた。あと英語実況で見ていた。気分良く見るためにこれは正解だったっぽい。現地のケニーファンは避けられないので辛かったろうな〜と思う。

入場めちゃくちゃかっこよかったなぁ。10.8でセフィロスをやってしまったので、あと何が残ってる?!と思ったけど、Kenny’s Questに合わせてアンダーテールモチーフだったらしい。

肩から羽がマント状に付いてるのも最高だしマジで美しくて良かった。

試合自体、面白くはあったと思うけど棚橋さんが勝つタイプの流れだなぁと思って見ていた。特にここ最近や絶対王者時代の流れだった気がして、またここでも俯瞰で見ちゃったなぁと思う。お互いのスタイルに歩み寄った部分もあって(掟破りの〜)そこも棚橋さんの試合という感じがしたな。

結果に関しては察していたといえばもうカードが決まった瞬間から察していたところはあったので驚きはしなかった。エリート勢全敗の流れもあったからだとは思う。マイクを見る前に消してしまったけど、これもまた正解だったみたいで残念だ。マイクで和解みたいな流れになるかと思ってたけど甘かったなぁ。

イデオロギー論争』の件

結局イデオロギー論争はなんだったんだろう?論争というより段々悪口のように感じて最終的に後味の悪さだけ残った。なにかいい事があっただろうか?言い過ぎかもしれないけど、双方、そして団体にとってもあまり良くなかったんじゃないかと思う。

ケニーファンにとっては少なくとも気持ちのいいものではなかった。別にプロレスでよくある因縁とかバチバチが嫌なわけじゃない。それなら見始めてから幾度となく見てきたし、不快になったことなどない(むしろ好きなくらい)。うまく言えないけど違和感がすごくあった。例えばケニーにそこまで悪い印象も持っていなかったひとまで扇動されたような、まるでケニーのファンがいないか、いてはいけないような雰囲気作りに腹が立った。

私だって彼のことを嫌いになりたいわけではない。見始めたキッカケはブシロードのテレビで大きな身体で一生懸命カードゲームをする彼の姿に興味を持ったからだし、G1前オカダさんに挑戦したときは心から応援した。チャンピオンじゃなくても輝きを失わずに頑張っているし凄いなぁと思っていたくらいだ。

ただG1優勝以後、嫌な部分ばかり目につくようになった。私にはヒールにしか見えなかった。たまにプロレスの話を聞いてもらってる友人があれはヒールの言説じゃないのかと言っていたが、本当にそう思う。

たまに彼は相手を引き立てるためかヒール的な言動を敢えてすることがあったと思う。それなのかな?と思ったのだが、辿り着いた先を見る限りどうやらそうではなかったらしい。

そんな彼の言動がベビーとして、ヒーローとして多くの方から支持を集めている状況が怖いなと感じてしまい、10.8以降現地に行く気がなくなってしまった。あの空気感ではファンとしても居場所がないし、せっかくいい試合を見て台無しな気分にはなりたくない。何度も言うがこれは煽り合いが嫌なわけではない。ファン同士ああだこうだ居酒屋で語るのはいいとしても、10.8のように「ほらみんな今の試合つまんなかったよね」みたいにレスラーに言われてしまうと普通に楽しめたファンとしては本当に居場所がない。

論争とやらを始めなければ、また別の舵取りが出来ていれば私も彼に嫌なイメージを感じずに済んだかもしれない。あのまま会場に足を運ぶ気にもなっていたかもしれない。ケニーがいなくなった後も熱心に団体を追い続けたいと思えたかもしれない。そう思うと本当になんの得があったんだろう?彼のファンが知り合いにいないので分からないが、楽しめていたのだろうか?楽しめていない人もいたんじゃないかなぁ。勿論両方のファンの人もいただろうし。

もし「これに付いてこれないならファンとして不適格」「選手がたった一人いなくなって見なくなるなら切ってもいいファン」ということならそれでもいい。これで多少ファンが離れてもと思うほど上昇傾向にあるんだなと思う。でも、少なからずケニーは団体に貢献していたのではないだろうか?なぜそれなのに砂をかけるようなことをするのか。

どうせいなくなるつもりの、生え抜きでない人に対して何やってもいいみたいなのがあったのだろうか?それにしてもあんなことする必要があっただろうか。外の団体から来た人に対して冷たいですよね、それに加え日本人とか外国人とかそういうのもある。どちらかというとこの流れを作った団体に対してがっかり感が強い。

ケニーは試合の面白さや新鮮さもあるけど、主張などがすごく共感できるところがあって、そういうところを見てファンになった人も多いと思う。それが彼が何か変えてくれるような期待感にも繋がっていたと思うけど、少なくとももう新日ではそれは難しいんだろうな。

今後について

日本を離れるというようなことを言っている(新日との契約は更新しない様子)ので、AEWか、もしくはフリーでAEW中心に色々な団体に出るのかな〜と勝手に予想している。

今の気持ちは寂しさ6割とホッとした気持ち4割くらいの感じで、ddt辞めるときほどショックじゃないかもしれない。ddt辞めるときはコミカルな試合が見れなくなる〜とか新日に合うのか?!とか不安だったから、むしろ今は新日やめてのびのびと出来るならいいんじゃないか?と思う。

ただケニーの顔がG1以降からめちゃくちゃ疲れて見えるし、実際お疲れなんだろうけど、悲壮感が凄くてそれがファンとしてつらい。もっと明るく送り出したかった。なんかこれじゃ追い出されたみたいじゃないか。何度も言うけどあの流れがなければ……。

壮行試合もなくフェードアウトだとすると本当に悲しい。日本人選手は壮行試合をやるのに、外国人選手はラストマッチのアナウンスもなく去るのが当たり前なのか?1.5でお辞儀して去るとか、デヴィちゃんみたいに明らかにラストマッチだと分かるように組まれるならまだいい方なんだなと思う。デヴィちゃんはずっとパートナーだった田口さんとの試合だったけどケニーは彼との試合で最後?

勿論これからのことが未定だから壮行試合もなにもないのかもしれない。帰ってくる可能性があるのに壮行試合はおかしいもんな。AEWまわりで契約が揉めてるのかもしれないし、新日の海外興業だけ出たりするのかもしれない。それにしても後味が悪い。

G☆Lについて

一番気になるのは1.4以降ケニーから飯伏さんのことが語られてないことだ。めちゃくちゃ違和感ありませんか?特に石井戦の後とか「ずっとG☆Lで」とか「どこへ行っても」とか言っていたのに……。きっと何かあって意図的に出してないんだろうなぁ。週プロで一言触れられていたけど、今後への言及はなかったし。

飯伏さんもしばらくお休みだし本当にどうなるか分からない。飯伏さんだけ新日に残って本隊に入るのもあんまりしっくりこないよなぁ。二団体所属のころそんな感じだったけどあまりスッキリはしてなかった気がする。

G☆Lがたとえ二人で戻ってきても二人とも居場所がないような感じもする。居場所というか、ユニットに所属しようがないというか。リーグ戦とかだったらいいかもしれないけど。それもあってG1以後あの流れになっちゃったんじゃないかと思わなくもない(彼らでは分かりやすいユニット間の対立軸を作れないとかで)。

私だけかもしれないけど、二人にはあまりユニットとかグループとかいうイメージがないし、そこが好きなところでもある。あくまで個と個という感じがするからだ。

だからこそ別に団体にこだわらずとも、どこかで二人が楽しそうに試合をしている姿が見られれば良い。配信が無いような海外インディーだと現地に行くしかないから金銭的にも時間的にも難しいかなとは思うが。

 

いつか日本で試合をしてくれるとしても、別に新日に戻ってくるだけが日本で試合をする方法じゃないと思うから、思いもよらない所で見れたりしたら嬉しい。

もしかしたら日本国外のファンはずっとこういう気持ちだったのかもしれないなぁ。こうして日本で、休日なんかにフラッと見られていたのが恵まれすぎていたのかもしれない。毎試合見られたわけではないけど、試合を生で見られたことは本当に幸せだ。

最近昔のPCの写真のデータを見ていたところG☆Lの写真がいくつも出てきて、楽しかった思い出が蘇ってきた。試合を見返してみても、ddtの頃の試合も新日移籍後の試合もどれも面白い。二人にはゆっくり休んでもらって、また面白い試合が見られたらいいな。本人たちが楽しそうだともっと嬉しい。どこか、いつになるかは分からないけど、きっとG☆Lはまた見られると思うので……。

ケニーの居場所と最近の違和感について

新日本プロレスの話というかケニーについての話です。前回の続きみたいな雰囲気です。ケニーとG☆Lについては前回書いたので省きます。

※気持ちの表明なので事実に気持ちの補正がかかってる部分があります。

※とても長いです

 

G1や10.8以降疲れてしまいあんまり新日を追っていなかったのですが、12.9で飯伏さんがもしかしたらベルトを……というのを感じ、いてもたってもいられなくなりワールドに再加入して見始めた。久々に見るプロレスは新鮮に面白かったし、妙に冷静に見れたりしました。

疲れた

何に疲れたって、イデオロギー論争である。プロレスファンとして恥ずかしいことかもしれないが、正直ファン同士でやりあうのも程度があるなと思ったりした。レスラーがやりあうのは別になんともないし、ムカーッとしてもそれも一部として楽しめる。

ただちょっと今回は微妙な感じだなと思った。10.8生で見ていてそれを思った。ベビーなのに敢えて対立を煽っていくのはいつもの棚橋さんだし、急に新日代表としてddtに喧嘩を売るのも2回目だし、と冷静に考えれば特段新鮮なこともないのだが、会場にいて妙な悲しい感覚になった。

未だにうまく説明出来ないけど、対立を煽る棚橋さんとちょっと諦めてるようなケニーが噛み合っていないような感じがした。当然ケニーを応援してる身としては、「賞味期限切れ」発言に飛ぶ大声援に面食らってしまったところもあったけど、なんだかケニーが悲しそうに見えてつらくなった。

久々に見たG☆L

その流れで1.4の前哨戦である12.14と12.15を見た。WTLを見ていなかったので本隊とケイオスの合体に戸惑った(というより組んでいることに違和感がなさすぎてそれに戸惑いがあった)りしつつ、楽しんだ。

2日ともG☆Lたちがメインということでワクワクして見た。試合はとても面白かった。飯伏さんとオスプレイの異次元の攻防、オスプレイにはガンガン行くが棚橋さんには控えめにいき積極的に技を受けるケニー、思いの外咬み合っていて違和感なく見れた。

そして何よりG☆Lは素晴らしいなと再認識した。二人とも華があるのは勿論だけど、連携の素晴らしさ、技の美しさと激しさ、そんな感じで初見の方にも伝わる魅力があるにもかかわらず人でなし的な動きもあり(オスプレイを横に持ってそのままリング外に投げ捨てるのが大好き)、見ていて本当に夢中になれるタッグチームだと感じた。

ケニー危ない!と思ったらこちらが気づかないタイミングで飯伏さんがフォローに入るし、その逆ももちろんある。シングルのトップレスラー同士のタッグだと正直1と1でバラバラに見えちゃうこともあるけど、G☆Lは本当に連携が美しい。

ケニーの言葉

そんな感じで多幸感に包まれて「やっぱプロレス楽しいなぁ」と12.15の試合を見終わったのだが、ケニーのマイクでとても悲しいような嬉しいような不思議な気持ちになった。

マイクの内容は公式の試合結果を見てください。(PCなら見れるけど、スマホだと会員登録しないと見れないかも)

彼が「(棚とケニー)二人とも間違ってるかもしれない」「私は思ったより人気なかったんですね」と言ったとき、ケニーはやはり辛かったんだなとはっきり感じた。ケニーはこんなイデオロギー論争(というか最早罵り合いと化しているが)や、自分に向けられている声に悲しんでるんじゃないだろうか?

人気と向けられる声

ケニーが自身の人気について語る度、ddtを辞める年の総選挙の順位発表の映像を思い出す。だいぶ前に一回見たきりだから脳内で多少書き換えられてるかもしれないけど、あのときのケニーは順位が発表されたときとにかく悲しそうだった。それとセットでG1優勝したあたりのケニーも思い出す。あのときもそうで、「きっと明日もお前らは対戦相手を応援するんだろう(※意訳)」というようなことも言っていた。

ケニーは応援をして欲しいと常々ファンに言っている。でもなかなか一番にはなれない。海外の雑誌の活躍したレスラーのランキングでは一位だったり、ベストバウトや高評価の試合をガンガンやっていても、会場がどんなに盛り上がっても、人気投票的なものだとそこまで上がりきらない。MVPの投票だって、雑誌の総選挙だってそうだ。

今だってチャンピオンで、試合の評価は高いし、海外展開にも間違いなく貢献してるのにも関わらず、かなり厳しい声が飛んでるのは分かる。巡業に参加しないからサボってる〜とか(その間海外で試合していたようだしそういう契約なんだと思うが)、日本人選手をバカにしてる〜など(これは誤訳だと思うが)、それこそ酷いのだとG☆L関連でまぁ酷いこと(男同士でイチャイチャすんなをもっと差別的な言い方にしたやつ)を言われてるのはファンの私にも見えてくるくらいだし、まぁ言われまくってるんだと思う。

からしたら言いがかりだなぁというのもあれば好みだからまぁ仕方ないかというのもあるけど、総選挙であんなに分かるように悲しそうな顔をしてしまうケニーが悲しまないわけはないと思う。それでもケニーの試合は盛り上がるし、12.15の試合も盛り上がった。そのギャップは本人が一番感じてるんじゃないかなぁと思った。試合は自信を持ってやってるんだろうけど、それでも応援してもらえてないと感じてしまうのは辛いと思う。

「二人とも間違ってるかもしれない」

これを聞いたときは「ケニーらしいな」とちょっと嬉しかったけど戸惑いもあった。私がしてた予想だと、ケニーがもし1.4で勝ったとしたら「二人とも正しいし尊重されるべきだから、それぞれ自分の信じるプロレスをしていこうね」みたいな感じで落ち着くんだろうなと思ってた(負けた場合はあんまり予想できていない)。でも、前哨戦最後、「お互い正しいと思って言ってきたけど、二人とも間違ってるのかもしれない(意訳)」とケニーは言った。

さてこれで決着だ!と言う前にこういった発言をするのは、一種諦めのような感じにも取れると思った。こんなにいろいろ言ってても、試合は楽しかったよね?試合にすべてをぶつけていくよ、というようなことも言ってた(うろ覚え)。私にはこれは「もうイデオロギー論争からは降りるよ」という風にも聞こえた。

私は不毛な感じを呈してきたイデオロギー論争に疲れていたので、この「もうやめようよ」的な雰囲気の言葉にすごくホッとした。でも、これから本番(1.4)ということを考えると、ちょっと色々考えてしまう。これは本番で言うべきことだったんじゃないか?と……。考えすぎなくても、最後の前哨戦でこれを言ったのはメッセージだと思う。

なぜかあった違和感

イデオロギー論争、プロレス的な見方に慣れている自覚のある人はわりと楽しめてる印象があるが、観戦歴の長短関係なくしんどそうな人や違和感を覚えてる人も多かったように見えた。ここまでスタイルが違う二人がお互いのスタイルをかけて戦うというのは、まさにプロレスの醍醐味!と頭では分かってるし、今の新日でやるならこの二人しかいないと思う。でも、ケニーには合ってなかったんじゃないか?それがこの違和感やしんどさの原因じゃないか?

そもそも、ケニーはとにかく試合自体を楽しませるというのを大切にしてると思うし(これは試合に起承転結が無いという件とは別の話)、棚橋さんは逆に分かりやすいプロレス的な対立や、リング外の発言などの演出にも色々気を使うタイプだと思う。そもそもそこのスタンスが違うから「イデオロギー論争をすることそのもの」がちょっと合わないんじゃないか。煽って「よーしイデオロギー論争するぞ!」なんて始まりじゃなく、自然発生的なものだったら違ったかもしれないけど、「はい、今からファンも含めてやり合いましょう!楽しいよ!」という仕切りがあったというのも大きいだろうなぁ。きっとそうなったのは色々あるんだろうけど、とにかく合わなかったんだと私は思った。 

そのへんもあって、「そもそも二人とも間違ってる、試合は楽しかっただろう?」というのを聞いてホッとするような悲しいような気持ちになった。

分かりやすい対立と無理に対立しない姿勢

10.8、今思うと色々象徴的だったんだなと思った。BCOGと本隊(+ケイオス?)の対立というあまりにも分かりやすい対立軸。外国人(とその一味)の悪者、日本人のヒーローというのは非常にわかりやすいし、昔争ってた同士の共闘的な布石もあって、プロレス見たことない人にも分かりやすかったと思う。

メインのチーム内対決はその反対で、なぜか仲いい同士が戦ううえに、「なんで戦ってるの?」と言われたら「いい試合がしたいからだって」と答えるしかない試合だった。新日だと珍しいタイプの試合だったと思うし、賛否両論あったと思うけど、やりたかったこととしては「無理に対立を作らなくても試合で楽しませることは出来るんだよ」ということだったと思う。どちらも初見に優しくという意識はあると思うけど、結構正反対だなあと感じた。

そして、そもそも今回の「イデオロギー論争」は、人気のあるベビー同士だと戦うにあたってどうしようもないし……みたいなところから出発したものだ。それはまさに「分かりやすい対立を作る」ことそのものだと思う。これに素直にケニーが乗ってる事自体が違和感があるんだ。前哨戦の少なさとかもあり、色々あったらしい特番の偏りも含め、あんまり乗っていたとも言えないかもしれないが。

そう思うとちょっと納得がいく。そもそも何もかもが噛み合ってないんじゃないか。

ここは新日本だ、について

ここが新日本だ、というのは試合内容とかケニー(や飯伏さん、エリート勢)のキャリアのことだけじゃないんだと思う。対立して試合を作る、対立でなくても分かりやすい立場を表明してプロレスをするというスタイルこそ新日本だと言いたかったのかなぁ……と今は思う。(そのときは素直に発言自体に排斥感が強すぎて拒否反応があったけど)

チェンジザワールドというのはそのへんの所謂プロレス的なあれこれを変えていきたいということだと思っている。トップレスラーでも孤高じゃなく、仲良すぎる仲間がいたっていいというのも含め……。(これは前の記事で書いた)

ケニーの居場所について

そうなると、やっぱケニーは新日本には向いてないんじゃ?だからあんなに吹っ切れたようにクリスマスソングを歌ったり、雪ですよなんてニコニコして言ってたんじゃないか?とかいろいろ考える。

私も見たり見なかったりだし、そこまでハードに追ってるファンじゃないと思うけど、ケニーがddt辞めて新日に……と聞いた時は「えっ、確かに国内最大級の団体ではあるけど、あそこは合わないんじゃないの?」と正直思った。あのまま元のところへ居ても目指すところにはいけないのかな?と感じてはいたし(飯伏さんとの格差的なものもあったし)、間違ってたなんて思わない。でもやっぱり今のところは合わないんじゃないか?と改めて思う。

かといって、じゃあまた辞めてどこかに……ということになっても、すぐは受け入れられないと思う(きっとまたバッシングもあるだろうし)。新団体の噂とかいろいろあるけど、ケニーの居場所は果たしてエリートなのかなぁ。

私がG☆Lを好きだからかもしれないけど、居場所はG☆Lなんじゃないかと期待も込めて思っている。だから、もしどこかへ行くことになっても、たまにでいいから、組んで試合をやってほしい。私から見るとG☆Lでやってるときのケニーが一番楽しそうだからだ。

 

最後にめちゃくちゃ言いたいのはケニー別に人気なくないよ!!!人気あるよ!!!少なくとも私からは大人気ですよ!!!!よろしくお願いします!!

 

追記:今バクステコメント読みました、分かった!何もかもが……分かったような気がしたようなしないようなそんな感じがしました……動画を待ちます。

終わったあとの気持ち

ドリフェス!武道館二日間行きました。

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気持ちのブログなので今の気持ちを書くと、なんと驚くほどのさわやかな気持ちに包まれ、正直ブログに書くことなどないなみたいな感じなのですが、ネガティブな内容をトップに置いておくのもアレだなと思い書いています。完全に個人の日記です。

ライブ自体の感想は長くなるので別途書きます。

MCなどは綺麗に覚えているわけではないので、かなりフワッとしています。違っていたらすみません。

終了告知後

ドリフェス!の終了が決まってからめちゃくちゃ落ち込んでおり、それは3月以降の記事で度々書いていた。終わったら自分はどうなってしまうのか、キャラは消えるというのに明日へ連れて行くとは何か、みたいなことばかり繰り返し考えた。

どんなに彼らが笑っていてもなんだか物悲しい気持ちになってしまい、ラジオもあまり聞けなかった。

一週間前になっても手紙も書けず、最後だというのに前はあんなに気にしていたライブ参戦時の身なりもあまり決められず、物販で何買うか決めるのも前日深夜になってしまった。

19日(前日)

前日物販に並んだ。私が一番好きな衣装であるローズシャイニーのブロマイドがあることを知り精神が急にハイになった。ただレジに行く前に体力の限界を迎えてリタイヤしてしまった。

20日(ライブ1日目)

20日、いろいろあって寝たのが遅く、結局昼くらいまで布団に横になっていた。慌ただしく会場へ向かった。凄い数の人がいた。凄い、ドリフェス!のことが好きな人や少なからず興味のある人がこんなにもいるんだなぁと思った。

ライブはとても凄かった。終わったあとの妙に爽やかな気持ちに戸惑いつつも、ローズシャイニーを着たKUROFUNEが君はミ・アモールを歌う……というまるで夢のような体験にウットリし、そのことを考えていたら電車を6駅くらい乗り過ごした。その後もローズシャイニーのことを考えていたら眠れなくなり就寝が深夜になってしまった。

21日(ライブ2日目・最終日)

翌朝Thank you for YELL!セットの寄せ書きを読んだ。卒業文集の寄せ書きを思い出して泣いてしまったが、そういえば卒業式で一度も泣いたことがないのを思い出して不思議な気持ちになった。

21日も慌ただしく会場へ向かった。20日の最後にみんなが付けていたゴムブレスを買って付けた。なんとタオルを忘れた。ブロマイドのためにCDを買って、友達にCDをあげた。バタバタしていたらライブが始まった。

ライブは驚くほど楽しかった。ずっと笑顔で楽しんだ。ファスライは(ドリフェス!世界での)事務所曲が多めだったが、どんどんDearDreamやKUROFUNEとしての曲が増えてきて、武道館ではほぼ事務所曲はやらなかったのもドリフェス!らしいなと思った。みんなのパフォーマンスも素晴らしかった。

たまたまそういう席だったのかもしれないけど、コール?声出し?が未だかつてないほど大きく、それに乗っかってデカイ声を出したらとても楽しかった。

そしてローズシャイニーを着たKUROFUNEは今日も麗しかったし、歌声はロイヤルで美しかった。ホールニューワールドのKUROFUNEはまさに開国で即位だった。

あっという間にライブが終わってしまった。30分くらいに感じられた。いよいよ最後のMCだ。

ドリフェス!は勝った

私はドリフェス!が終わると聞いた時、ファイナルライブの最後のMCで終了の撤回をしてくれないかと望んでいたけど、結果としてはそんなことはなかった。終わるは終わるんだけど、そんな中、壮馬くんは「これは勝ちです」と言ってくれた。

前回のブログでも書いたけど、ドリフェス!は私が好きなところばかりで、いつもその素晴らしさで私を驚かせてくれた。だからこそ終わることで自分の好きなものを否定されたように感じていたところがあった。

でもドリフェス!は「勝った」し、何も失っていなくて増えたものしかない。そういうようなことを聞いてとても救われたような気持ちになった。コンテンツの競争に負けた……とか、自分が好きなものが無くなる……とか、そういった半年以上考えてたことが完全に覆った。

太田くんも言っていたけど、最後だから武道館だったんじゃなくて、彼らの実力で立ったのだ。ツアーで終わっていたかもしれない……と壮馬くんが言っていた(こんなことを言うのはすごく珍しい)。

そこで気づいたのだが、私はドリフェス!の継続だけを望んでいたのではなく、ドリフェス!を誰かに認めてほしいと思っていたのかもしれない。継続=認められている存在という認識でいたからだ。

人気のある作品はたとえ姿を変えたり代替わりをしても、とにかく継続する。特にアプリゲームやこういったリアルタイム感のあるメディアミックス作品は、継続することが優れた作品の証みたいに思っていたところがあると思う。

でもMCを聞いて、ドリフェス!は終わるけど、ドリフェス!を好きなことに自信を持っていいんだなと思った。Tomorrow's Songの「出逢えたことを誇っていい」という歌詞はキャストやキャラ達同士が出会ってこうして組んでいることを歌っているのかと思っていて、切ない歌だなと思っていた。だけどみんなのMCで何回か出た「誇り」という言葉を聞いてからはファンがドリフェス!と出会ったことを誇っていいという意味に感じられ、ライブを経たあとに聴くとまるで別の歌のようだった。

終わってしまうコンテンツにここまで熱心になること、好きでいることに負い目というとおかしいけど、少し卑屈になっているところはあったと思う。こんな売れてるコンテンツが好きなんだと自信を持ちたかったのかもしれない。それか、こんな素晴らしいものが終わるという事実に耐え切れなかったのかもしれない。

でもドリフェス!は「勝った」し、ドリフェス!が終わっても何も失うものはない、増えたものばかり、誇ってくれと言われて本当に嬉しかった(これはキャスト自身の口から聞かなかったら素直に受け入れられなかったと思う)。自分の好きなものに自信が持てるというのは、こんなに素晴らしく明るい気持ちになれるのかと思った。

「少しでもドリフェス!と関わった人はドリフェス!の一部」と言ってくれたのも最高に嬉しかった。ドリフェス!の好きなところはファンを大事にしてくれるところで、確かに参加してるつもりで追っていたけど、まさか一部になるとは思わなかった。私は他のファンの方との交流もほぼせずずっと一人でぶつぶつ言いながら応援していたから、皆さんが何を考えているかは分からない。でも、不思議とあの会場では一体感があった。

最後、キャラにも会えたのも嬉しかった。やっぱりキャラもキャストも両方好きだと思った。「奏くんが連れてってくれる明日ってどこだよ〜!」みたいなネガティブな気持ちがあったのに、あの場で奏くんたちの台詞を聞いたらすごく明るい気持ちになれた。

あんなに頻繁にいろいろ更新されていた、生活の一部のようなコンテンツが終わるわけで、寂しくないわけがない。今も寂しい。だけど、たとえ寂しくなっても明るい気持ちでドリフェス!のことを考えられるのは幸せなことだ。たとえ寂しくても、この数カ月の悔しいような気持ちとは違ってくるだろう。

翌日

ファイナルライブの翌日、ライブ前は寝込んで泣き腫らすつもりでいたけど、起きたとき驚くほど爽やかな気持ちだった。壮馬くんの出る猫ひたを見て、紹介された料理を作るため買い物に出かけた。部屋にグッズを飾った。

寝る前にキャラツイッターの終了の挨拶があった。一日晴れやかな気持ちで過ごしたものの、流石にこれはつらかった。悲しいな……そう思った矢先、ツイッターで「#イケるっしょ!」とつぶやかれているのを見て、よく分からないまま思い出の写真を投稿したりした。実際誰かが音頭を取ったようでもないようだし、もし自然発生的に起こったのなら凄いなぁと思う。

結果トレンド入りして、ド深夜なのに公式ツイッターが反応してくれたり謎の祭りになった。私が寝たあとになんとトレンド1位になったということでびっくりした。トレンドワードとしてテレビにも取り上げられたらしい。よく分からなかったけど、「まぁ私もドリフェス!の一部だし、武道館で歌ったしな」みたいなことを思った。

想定と逆の気持ち

今の気持ちは言葉にするのが難しいような謎の爽やかさがある。ドリフェス!はいつも私を驚かせていたが、終わるときの感情ですら丸っきり逆方向に変えさせた。まさかこんな気持ちになるとは思ってなかった。3月から何回か書いた暗いブログの内容が、まるでネタ振りのようになってしまっているくらいだ。

でもこの気持ち初めてではないな……と思い返したところ、思い出した。初めて見たDearDreamのライブ、2016年の噴水広場のライブを見たあとの妙な爽やかな気持ちと似てるなと思った。あの時は「とにかく未来が感じられる」と盛んに言っていたけど、確かにファイナルライブでも同じことを思った。

ライブ前に発売されたBlu-ray、買ったはいいものの悲しくて見られていなかった。今度友達と大きな画面でワイワイ見ようと思う。彼らは最高に素敵なので、ワイワイして当然である。

私や、私のような人たちのための『ドリフェス!』

※いつものことですが、めちゃくちゃ長くて暗いです。画像は関係ありません。

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武道館まであと1週間、何も準備ができていない。花を送ってみようかと思ったり、手紙を書こうと思ったりしていたが(これはまだ間に合う)、なかなかやれていない。物販の注文票も記入しないといけない。何を買おうか?

 

久しぶりにドリフェス!のことを考えた。

3月の発表から、無意識に正直ドリフェス!のことは考えないようにしていたと思う。考えれば考えるほど、なぜ終わるのか?などとぐるぐる考えてしまっていた(これは理由探しではなく、終わって欲しくない→なんで終わらなきゃいけないんだという気持ちからきてるものです)。

それが辛かった。終わるなんてこと信じたくなかったし、向き合って前向きに受け入れることもしたくなかった。続いて欲しかったからだ。だから考えないようにしていたのだろう。

 

終わることを知る前は、とにかくドリフェス!が今後何を見せてくれるかそれに夢中だった。ドリフェス!はそれだけ私の予想を超えるもの、私が見たいものや欲しい物をを常に与えてくれていた。あんなグッズが出たらいいね、こんな催しがあったらいいよね、きっとドリフェス!ならやってくれるよね。そんなことを話したりするのが何より楽しかった。そんなことは初めてだった。

なんでこんなにハマったかというと理由はたくさんある。キャラクターが魅力的だったり、曲が魅力的だったり、理由を上げればキリがない。ただ一番大きかったのは、ドリフェス!は少なくとも私が知るコンテンツの中で、初めて私がメインターゲットだったものだったからだ。

 

このブログを作ったときに書いた記事で、ドリフェス!の世界観の中ではファンはファンでしかないということを書いた。女性向けという体裁ではあると思うけど、女主人公=ユーザーではないという点が私には合っていた……ということも書いた。

急に私の昔の話になってしまうけど、私は昔から乙女ゲーム的なものや女性向けと言われるコンテンツにハマれたことがなかった。

そもそも向いていなかったのだろうが、「この主人公の女性キャラは私じゃない」と思ってしまうからだ。まず見た目が違う、そこはいいとしても性格が違うのが違和感があった。選択肢でどちらを選ぶか考えても、そもそも私だったらイケメンに話しかけないし、話しかけられることもない、などという元も子もないことを考えたりしていた。

女性のオタクなのに女性向けというジャンルに馴染めないことや、夢女子や腐女子といったカテゴライズに入れないことに対しても寂しさを感じていた(そういった枠に括られることが嫌な方もいると思うのですが……)。

元々どちらかというと男性向けのものが好きだったのだが、「男性向けが好きな女性オタク」という、少なくともメインターゲットではない存在だった。

オタクのカテゴリーにはまれないということは、自分向けのものがあまり無いということでもあった。女性キャラの胸に生クリームがついたイラストのことはとっても好きだったが、男性のおこぼれを頂いてるような申し訳ない気持ちだった。

ただ美少女にしか興味がないわけでもなく、イケメンキャラに夢中になることもあった。だから根っからの「男性向けが好きな女性オタク」にもなれなかった。

 

そんな中出会ったドリフェス!は、まるで私のためにあるかのようなコンテンツだった。男性キャラは好きだけど、恋愛がしたいわけじゃなくて眺めていたい(=ファンでいたい)だけだったり、男性キャラに女児向けゲームのような着せ替えをしたかったり、三次元のイケメンは好きだけどキャラ寄せのメイクやウィッグは無いほうがかっこいいな〜と思っていたり、そういったものが全て揃っていた。おまけに曲も私好みだった。これも別の記事に書いたが、若い男の人がアイドルソングを歌っている……という感じがして良かった。アプリ開始当時、とっても可愛い封筒で届いたキラキラしたドリカも大好きだった。

私はイケメンが好きだということに改めて気づけたのもドリフェス!があったからだ。別にイケメンと恋愛がしたいわけじゃないけど、イケメンを見るとちょっと笑顔になったりできるということが分かった。

ドリフェス!のキャストの皆さんは不思議な存在だった。キャストの皆さんのことを追いかけてる時、私はよく分からない気持ちで応援していたと思う。多分俳優さんやアイドルとして応援していたわけではなかった。自分の気持ちが何なのか分からないが、とにかく自然に楽しかった。

私は恐らく応援がしたかったんだと思う。応援(エール)でアイドルが輝くという世界観は、アイドルをあくまで「ファンの一人」として応援することを肯定してくれているようで嬉しかった。

 

ドリフェス!で「これ、喜ぶ人は多いんだろうけど私はあんまり好きじゃないな、私向けじゃないんだな」と感じたことはほとんど無かった。女性向け全体の盛り上がり方を見ても、私みたいな人間はそんなにたくさんいないと思うし、私向けのものなんかないだろう……そう思っていたけどドリフェス!はまさに私向けだった。
それ自体が、(大袈裟かもしれないけど)居場所のなかった私にとっては衝撃的だった。こんなに私が好きになれて、「私のためにある」みたいな気持ちになれるものと出会えるなんて思ってもいなかった。本当に夢のようで、かなり浮かれていた。

勿論何だって楽しみ方は自由で、メインターゲットじゃなくても楽しめるものは沢山ある。今までずっとそうしてきたし、誰向けかどうかなんて気にせず、これからも沢山のものを楽しんでいきたいと思う。しかし「世の中には私向けのものが存在する」ということがこんなに自分にとって嬉しいことだとは思わなかった。

別に「ドリフェス!は私専用だ」みたいなことを言いたいわけではない。老若男女どんな人が触れてもいいなと思えるところがあると思うし、そういう作られ方をしてると思う。実際ライブなどにはいろんなファンの人がいた。

でも、きっと「ドリフェス!は自分向けだ」と思ってる人はたくさんいると思う。あまり友達が多いわけではないから一概には言えないけど、同じ理由で好きになった人が結構いるようで、それもとても嬉しかった。もう「なんで私は皆が好きなものを好きになれないんだろう」などとグチグチ言う必要はない。私と同じような気持ちの人もある程度いるんだと思うと元気が出てくる。

 

ドリフェス!が終わる理由をいくら考えても答えは出ないけど、「主流のものを好きになれなかった私」が好きになれたコンテンツだからこそ、終わってしまうのかもしれない。私がドリフェス!が終わることでこんなにも悲しんでいるのは、自分が好きなものは本流ではないということを思い知らされてしまったからかもしれない。

ドリフェス!が終わる。多分同じようなコンテンツは中々出てこないと思うし、出てきたとしてもこんなに好きになれるだろうか?それが分かってるからこそ、終わって欲しくない。

キャラツイッターも更新が止まる発表があり、ラジオも今配信されてる分で最終回だ。もうネットの配信番組もない。いよいよドリフェス!が終わるという実感が強くなってきた。それもあり、武道館の最終日にきっと良い発表がある……そんな期待もあまりし過ぎないほうがいいだろうなと思っている。

でも、お願いだから、私や私のような人たちのために、ドリフェス!のことが好きな人たちのため、そして終わったあとに好きになった人のためにもきっとまた復活してください。

 

何をしたらいいのか?何ができるのか?いろいろ考えたし、やってもみたけど、結局ライブ一週間前に手紙も書けていないような状態だし、全く何も出来ていないと思う。時間が経てば受け入れられるかと思ったけど、少なくとも今は全く受け入れられてもないし、ポジティブな気持ちにもなれていない。

たださっき、iPhoneのシャッフルで流れてきたプレフラがめちゃくちゃいい曲で、ドリフェス!のことが好きだなぁ〜と思って、いろいろ考えたら悲しくなってこのブログを書いた。

強い人間は孤独である必要があるか

好きなものに対して書くブログなので突然プロレスの話をし始めます。これを見る人が誰なのか分からないんで登場人物紹介用にまた謎の図を用意しました。(図が書きたいだけ)

私は2人組というのが好きで、WM*1、KUROFUNE*2も好きですが、ゴールデン☆ラヴァーズ(以下G☆L)というユニットを応援しています。今回は私が応援してるケニー・オメガ選手と、彼が組んでいるG☆Lの話をします。

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試合とかの話はあまりなく、ポエムです。まぁぶっちゃけどんな試合が好きかというのは好みですからね(元も子もない)。誰かに語りかけたと思えば自分に語りかけてるみたいな謎の文章になりますが気にしないで下さい。

つらそうなケニー

9.15の広島大会、ケニーがなんかつらそうでしたよね〜。

コンディション的に、前哨戦から見ててもG1のときほど万全じゃなさそうでしたし、それもあると思いますけど、普段みたいにニヤッとしてたり余裕のある感じじゃなかったのが珍しいな〜と思いました。

試合もかなりつらそうで、まぁ対戦相手がつらそうなのはいつものことなんですけど、今回はケニーも同じくらいつらそうだった。試合もつらそうだったし試合後もつらそうだった、身体的にもつらそうだったですけど精神的にも相当つらかったんだろうなというのが感じられた。

試合後のマイク

気になったのが試合後のマイクで、いつも上から目線だったりして「ハァ〜あんな試合してよくこんな余裕綽々で元気だなぁ」なんてニコニコしながら見てましたけど、今回はあまり立ってもいられなさそうで気になった。それに加え、飯伏さんへの感謝(自分が強くいられるのは自分だけの力じゃないと言ったようなこと)とどこへ行っても一緒だよ、約束したもんね(何を?再戦を?一緒にいることを?)みたいなことを言っていましたね。

その約束が果たしてIWGPやろうぜということなのかタッグのベルト狙おうぜなのか、またはそれとは全く関係ないことなのか、きっと2人の間でしか分からないことでしょうから推測することしかできないですが。

男は1人で頑張るべきなのか

ケニーに飛んでる国内外からの「◯◯(差別的文言)野郎」「男なら別れて独り立ちしろ」みたいなリプライ、まぁ普通にレスラーからもコメントで言われたりしてますけど、それへのアンサーでもあると思う。

ケニーの言うchange the worldってのはそういうのも入るんじゃないかなと個人的には思ってるんですよ。男なら1人で頑張るもの、プロレスラーなんか強さの象徴なわけで、それこそ家で奥さんや子供が支えになってるとしても仕事では1人で頑張るのがカッコイイみたいなのがあるじゃないですか。

シングルプレイヤーとして一流目指すなら周りは全員敵だし、タッグを組んでようがチームだろうが全員ライバルですから、たしかに1人で頑張らないといけない。それが普通の価値観だよなと思うし、だからこそ「お前らライバルなのにベタベタしやがって」「そんなんじゃ強くなれないぞ」とか言われるんですよ。

それもめちゃくちゃ分かるし1人で戦う人間は男女関係なくかっこいいですよね。孤独なヒーローはカッコいい。でも、そうじゃない人がいてもいいと思う。そんなにプロレス長く見てるわけでもないから断言できないけど、なかなかこんな周囲…というかパートナーへの感謝を述べるチャンピオンいないですよね。チャンピオンは1人で最強なので別に周りの人間に感謝する必要ないですから。

私はあんなにフィジカルが強いのに弱さを見せて感謝できる人って素敵だなぁと思いますけど、プロレスは夢を与える仕事ですから、孤高であって欲しい人とってはきっと面白くないんだろうな。

1人で強くなれたのは間違いないけどという話

たまに思い出すのが、確かケニーがG1で優勝した後に東スポのインタビューでした「一人は…さびしいじゃないか」という発言*3です。

私はケニー初来日時から追ってるようなコアなファンではないですけど、ddtにいるころのケニーと飯伏さんの差というのは気になっていました。G☆Lは「スターである飯伏さん」と、ケニーのチームって扱いでしたよね。私はケニーが好きでG☆L見てましたから納得いかないことも多かったです。

それにddtには総選挙があるから人気が数値で出ちゃうじゃないですか。総選挙でのケニーの姿は本当に見ててつらかった。特にddt辞める直前の最後の総選挙結果発表でのケニーの悲しそうな顔と当然のように大人気の飯伏さんの差が物凄く感じられてつらかった。

そんな中ケニーが新日に移籍することが決まった。飯伏さんみたいに2団体所属ではなくddtはきっちり辞めての移籍ということで、相当な覚悟が感じられた。正直ファンとしてはめちゃくちゃ不安でした。男色先生(だったかな?)が最後の試合で言ってた通りコミカルな試合なんてもうできないだろうし、新日も見ていた身にとっては新日のスタイルにケニーのスタイルが合う気もしなかった(今もピタッと合っているかというと微妙な気はしているのですが…これがいわゆるイデオロギーという感じですかね)。

ケニーの素敵な個性が潰されてしまうのは嫌だな〜というオタクの業ですけど。それに新日って歴史ある国内メジャー団体だから生え抜きが大事にされるイメージがあり、インディーからキャリアをスタートさせてる中途入社みたいなケニーはやりづらいんじゃないかと思った。

その後は日本語マイクも封印して鬼カッコいいクリーナーになり(銀髪にサングラスに黒革コートはほんとクールでかっこよかった)、まぁ人気も出てよかったですけど、悪ぶってるケニーが素のケニーではないのは一目瞭然でしたから複雑な気持ちではあった。ただ1人で頑張ったことでいつまでも2番手でいる状況からは脱却することはできた。

孤独な状況下でやるべきことはやった

そんな中初出場・初優勝したG1ではケニーの感情が段々見えてきた気がしました。こんなに日本と日本のプロレスに尽くしてるのにファンが自分を応援してくれない、みたいなのの吐露があったり、アッチ行かない発言もあって、自分の言いたいことが言えるようになって良かったと思った(これもオタクの業です)。その後色々あって、G☆Lが復活して、ケニーにも笑顔が戻りましたし、いや、良かったですよね。

クリーナーが好きな方からしたら「え、誰?」くらいの変貌で、しかもそれがキャラ変という感じでもないからまぁ戸惑いもあったろうに思う。今のキャラあんま好きじゃない人もいると思う。ベルトを切って飯伏さんと2人で分けたいとか、ファンが元気付けられることはベルトより価値があるみたいなこと言いますからね(私は素晴らしいと思うけど)。ヤングバックスが以前何かで言っていた「彼の選択には正解も間違いもあるけど、その時その時でベストな選択をしてるし、そこが人間的で応援したくなるんだ」みたいなことなんでしょうか。

孤独であることは必須か

急に9.15の話に戻りますけど、バックステージコメントでシリアスなコメントを残した後(上の動画5:45ごろ)、飯伏さんが現れたらニコニコして「そばにいてくれてありがとう、これからもゴールデン☆ラヴァーズで…」とケニーが言ってて、その悲痛な感じに個人的には凄く衝撃があった。分からないんですけど、ケニーは今凄く不安なんじゃないかという気がした。イデオロギー論争で負けたらそれこそ居場所がなくなるかもしれないし、それでまた孤独になることや今まで命をかけてやってきたことがリセットされるのを恐れてるような気がした(ポエム)。ケニーはオタクに与えてくれてばかりだから、オタクからすると何もできることはないんだけど、ケニーがそれを望むなら飯伏さんはずっとそばにいてくださいと思った。

今回の試合、飯伏さんは解説があったからセカンドにはついてなかったですよね、だから見てる方からしたら何もしてないじゃねーか、力になってないじゃん、しかも最後のマイクで急になぜ飯伏さん?と思うかもしれないけど、きっとケニーからしたらそういうのは関係ないんだなと思った。一緒に戦ってる気持ちなのかもしれない。

ケニーはとても厳しい中いろんなものと戦っており、そこでG☆Lを組めてるという事実が必要なのか、こうして一緒に活動をすることが必要なのか分からないけど、なんかそういうことなんだろうなと感じました。

2人組だってお互いライバルですけど、だからといってどちらかが優位に立つ必要はないっていうのをケニーは言いたい気もする。まさに前のG☆Lの2人には差があったけど、やっと2人同じ目線に立てたというのもあるのかもしれない。そんな中最後抱き起こされて去るときに笑いながら「やっぱり俺より強いんだね、イブシさん…」とか言うケニーはどんな気持ちなんでしょうか?

飯伏さんとケニーは生まれた国も違うし思想も向かう先も試合スタイルも完全にピッタリ一緒じゃないけど、試合になればピッタリ一緒になるのが素晴らしいと思う。それにお互いがいることで安心して戦えるならそれでいいと思うし、孤独であるのは必須条件じゃないってことを見せてくれるとオタクとしては元気が出るなと思いました。別に誰かを下げなくても、蹴落とさなくても1番にはなれると思いたいです、甘いかもしれないけど……。

(話はずれますが)ケニーはどこかにいくのか?という件

なんかグッバイ新日本が波紋を呼びそうな感じはしていて(壁打ちなので波紋を呼んでるのかすら分からない)、お前やっぱりWWE行くのかー!というのがありそうですけど、私は行かないと思う。正確に言うと「チャンピオンになったしやること無くなったから」という理由で行くことは無いと思う。というのもまだG☆Lでタッグのベルト取ってませんから、せめてそれまでは「やることがなくなった」なんて状態にはならないと思う。考え過ぎかもしれないけど、飯伏さんがヘビーのベルトを巻くまではいると思う。

で、それでなぜグッバイ新日本と言ったのかという話ですけど、グッバイ新日本というのは「古い価値観の新日」とさよならってことだと理解しました。その前にグッバイタナハシと言ってるし、そういう流れかなと。

あっ、これなんか私知ってるぞ……あっ!これlucky train!ですよ!*4

勿論匂わせも入ってると思いますけど、直近WWEに行った人で「俺行くかもな〜」なんて匂わせてから行った人1人もいないんでナシだと思います。

ケニーが行くとしたら「やること無くなった」じゃなくて、「ここではもうやりたいことがやれない」だと思う。ここに関しても「どうせ外国人は日本で名前売ったらWWE行くのがゴールなんでしょ」と思われて応援しきれないみたいなのを変えていこうという意思は感じるし、今までの「WWEに引き抜かれた!」みたいな感じにはならないと思う。それに新日を離れるとしても選択肢はWWEだけじゃないし、きっとケニーは自分が目指すものを実現できるところを選択して行くんだと思います。

そう考えるとやっぱり団体を背負うというのは違うのかもしれないな。団体箱推しだったり団体に帰属意識があるファンにとって引っかかるのはそこかもしれないな。私は団体を守るとかより個人に興味があるから気にならないのかもしれない。

もし彼が日本を離れてしまったらちょっと悲しいですけどね。ケニーが日本のプロレスとオタクのために凄く身も心も捧げてくれてきたのは間違いないですから、ここからなんとか価値観を変えていってほしいな〜。ドームで負けてしまったらどうなっちゃうのかな?怖すぎて1.4見れる気が全くしません。休みだけどなにか予定を入れて見ないかもしれない。それくらいオタクにとっても怖い戦いです。一旦忘れようかな。

 

見返したら文字数がヤバかったのでこのくらいでやめます……。

*1:アイカツ!に出てくるトップアイドルとガーデナー(新人アイドル)のアイドルユニットです

*2:ドリフェス!に出てくるとてもカッコイイアイドルユニットです

*3:【新日G1】初出場初優勝!ケニー・オメガが史上初の外国人覇者に

*4:歌詞貼っておくので見てください。こじつけです!!!!!!

「やりたくてやってる」のか「やらされてる」のか「それで幸せなのか」について

ブログ名通り気持ちのブログなので、たまに思っては忘れまた思い出すことについて書こうかなと思います。

↓はなんかまとめたいなと思い作った図なのですが、なんだか怖くなってしまった……真ん中に配置したオタクの絵が怖いんですかね。ブログを見返すとこんな図を作ってばかりですね。好きなんですかね、図をつくるのが。

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今回の記事はなにか特定のジャンルについて書いたものではないので、ご承知おきください。記事の中に「推し」という表現が沢山出てきますが、アイドルなどに限らず応援や憧れの対象となる存在のことを便宜上そう表現しています。便利な言葉だな!!!!!!(それ以上の感情はありません)

特に直近の物事に対してのことでもないのですが、すごいタイミングで何かが起こってしまった場合はすみません!わざとではありません……。

 推しの仕事

何かを応援するとき、例えばアイドルなどの芸能人、スポーツ選手、文化人、作家とかなんでもいいのですが、「やりたくてやってる」のか「やらされてる」のか「それで幸せなのか」みたいなことがふと頭をよぎります。

大衆向けのなにか、接近イベや地方回り、今までの方向性と微妙に外れたなにか、ファンサービスとかそういうやつって結構賛否あったりするじゃないですか。素直に楽しんでる人もいっぱいいるし、「搾取!」「大衆迎合!」「きっと嫌がってる!止めさせて!」みたいなやつです。

そういった議論を見るたびに「私の推しはこの仕事をやりたくてやってるのかなあ、やらされてるのかなあ」と思います。

私はあまりその仕事一つ一つに関してはあまり感情がわかないのですが*1、実際「仕事に対して推しがどう思ってるのかを想像すること」自体が気になったりしています。

握手会がわかりやすいので例に出してしまうのですが、握手会ひとつでも

喜ぶ人→嬉しい!元気出た!握手するためなら○円くらい払う!

喜ばない人→沢山の知らない人と握手することで心身の健康を損なうのでは?搾取では?ステージの上の姿しか見たくない!

とかいろいろあるなあと見てて思いました。しかも割と相容れないって感じもします。同じファンでもお互いのスタンスの違いを認め合わないというか。多分お互いの行動が推しへの不利益になると感じているからじゃないかと思います。

推しの幸せとはなにか

ということはみんな推しの幸せを願っているんだとは思うんですよね。握手会の例でいうと、肯定派は握手参加権的な課金で推しも潤うし……というのがあるだろうし、否定派は推しの健康やストレスなどを気にしてると思うし……。

と考えるとみなさんそれぞれに推しがどういう状態が幸せなのかというビジョンがあるってことかあと思いました。推しがとにかくビッグになることが成功とか、推しが一人の人間として自由に生きることを望むとか、推しが自分が思う幸せな状態になってほしいのかなあと……どうなんでしょうか。

推しの幸せを考えるにあたってつらいところは、結局推しがどう思ってるかなんて分かりっこないというところですね。裏垢か何かが流出しちゃったならまだしも、インタビューで言ってることだって本心かなんて分からないですし……。「実はあの仕事は嫌だったんだけどステップアップのためにやった」みたいなこと言う方もいるけど、その数年後に「あのときはそう思ってたけど結果やってよかった」と意見が変わる方もいるしなあ。そのときそのときの発言を信じるしかないんですけどね。

正直親しい人、友人や家族だって何考えてるかわからないときがあるとすると、憧れの存在が何考えてるかなんて分かるわけないじゃないですか(怒)分かりたいですけど……。

別に普段の仕事のひとつとしてなんとも思ってないかもしれないし、舌を噛み切るほど嫌かもしれないし、オタクとしてはちょっとした表情や言葉のニュアンスからそれを察したりもしますけど、そう思わせるための超高度な演技かもしれないですよね。私にはできない高等技術ですね。

自分の考えを推しに投影する

推しはどう思って日々仕事をしてるんでしょうか。結局これって自分がどう思ってるかの投影なのかもしれない。単純に自分が嫌いなものに関わるのが嫌とかそういうレベルのこともあるだろうし、それを良しとする人がいる事実が受け入れられないとかもあるのかもしれない。自分の仕事がつらくてせめて推しだけは…と思う人だっていると思うし……。

周りの人間やファンの人を傷つけても本人の自由にやるのが推しの幸せだと思う人もいれば、推しがつらそうでもやりたくてやってる(やると決意した)なら応援するよみたいな人もいる。自分が何を大事にしてるかみたいなのを再認識する作業を常にしている気がしてきました。推しの気持ちなんかわからんからそうするしかないよなあ。

自分はどうか?

私はどうなんでしょうか。わかりません。もちろんやりたいことをやって幸せで大成功をするのが最高というのは思いますけど……わからんな……。でも頑張りすぎて結果美月さんみたいに倒れちゃったりするのもきついし*2、でもやりたいならやって欲しい、でも休んでほしい。かといって休みすぎて仕事がなくてつらそうなのも困る、御本人が納得行く感じで働いてほしい。

……と幸せを願う一方で私が思う最高の存在になってほしいし、いつまでも自分が好きでいられるような存在でいてくれ(私の期待を裏切らないでくれ)みたいなオタクの業みたいな意識もありますね。ひどすぎる……。

−−−−−以下は自分の決意です−−−−−

自分がオタクの業を背負っていることはわかったので、とりあえずオタク同士で傷つけ合うのはやめようと思いました。自分がどんなスタンスであれ、オタク全員に自分と同じものを求めたり、自分が嫌なものを楽しんでるオタクの方を批判したりしてオタクバトルをしたりしないようにします。基本ツイッターは壁打ちなのであまり経験ないですけど、「最高〜!」と言ってるときに「私は最高なんて思わない。だって推しがかわいそうだし、最高と思うお前も同罪だよ」みたいなこと空リプで言われたら悲しいですからね。ん?こんなこと言われたことあるか?これは仮想敵です。

なんかえらい文字数になってしまいましたが、冒頭の画像ですべて気持ちが説明できてしまった気がして落ち込んでいます。

*1:もちろん個人的に嫌なセンサーに引っかかり「エッそんな仕事?!」と思うこともあります

*2:アイカツ!第47話「レジェンドアイドル・マスカレード」の話です

終わるような終わらないような日々

※とても長い上に過去の記事と同じようなことを言っていますし、ただただ自分の心情を書いています

※暗いポエムです

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3月5日ドリフェス!の諸々の終了が発表されてから約4ヶ月、

5月1日アプリが終わってから約2ヶ月、

ドリフェス!が終わるような終わらないようなそんな気持ちで日々過ごしていた。

そんな中今日のドリフェス!部にて武道館の追加公演が発表された。こういった興行に詳しくないのでどの段階で会場を押さえていたのかなどは分からないけど、素直に嬉しく、すごいと思った。家族全員呼ぶかと思ったくらいには嬉しかった。

アプリの終了と喪失感

アプリが終わって、ものすごい喪失感に襲われた。以前この記事でも書いたが、約2年間も遊べたアプリが初めてだったし、初めて課金したアプリだったし、思い入れが強かったからだ。衣装もライブももう見れないし、新規シナリオももう二度と見られない。そう思うと悲しくて仕方がなかった(これを打っている今も思い出してつらい)。

ドリフェス!で埋まる土日と疑問

だがその悲しさがある一方、「ドリフェスで忙しい」毎日は続いていた。立て続けに発表されるコラボカフェ、コラボショップ、(直接的には関係ないけど)はたおにのイベントなど、アプリがあったころ以上に追いきれないようなくらい色々あった印象がある。

グッズもたくさん出た。アプリの課金がなくなったことでよりグッズにお金が使いやすいというのもあったけど、「(コンテンツの終了を)考え直してくれないかな」という気持ちも込めて沢山買った。そういった“お布施”的な買い方も多少はあったけど、以前より買いたくなるような趣向が凝らされた素敵なグッズが増えたと思う。部屋にどんどんドリフェス!のグッズが増えていった。なんだか他のファンの皆さんも熱心に活動されているようで楽しかった。あまりアニソン系のイベントに詳しくないのだが、某大型アニソンイベントの発表も何だか凄いらしく嬉しかった。

そうした中で、「ドリフェス!、こんな沢山イベントやコラボがあるのに終わるのだろうか?こんなファンも熱心で活発なコンテンツなのに、終わるのか?」という気持ちになることが多かった。

だが、そのすぐ後でいつも「そうか、終わるからこそこんなに色々あるんだし、終わるからファンが活発にもなってきたのか」という気持ちにもなった。

終わるから、武道館があるから、それに向けてのイベントやコラボ、グッズなのだろう。何だか終わりが決まったのが急なような雰囲気もあったし、もしかしたらもっと後にやる予定だったコラボもあったかもしれない。

終わらないようなやっぱり終わるような気持ち

ドリフェス!に終わってほしくないから自分なりにやれることはやってきた。要望も出したし、SNSでトレンドに入るといいなと思って普段は使わないハッシュタグを使ってつぶやいたり、色々グッズを買ったりもしてきた。ドリフェス!が終わる理由は色々あるだろうから分からないけど、ファンの熱が届いて終了が撤回されたり、区切りはつくけど年1回でもなにか新作や公式イベントがあったりするくらいになってくれたらなと心から思う。

そう思う一方で、「終わるから」こそ「終わらないような感じ」になっているのかな、どうしてもそう思ってしまう。それがとても悲しい。

いつまでもダラダラ続いたり、コンセプトを変えて生き残る手段を選ばなかったというのが、ドリフェス!らしいし素晴らしいなと思うものの、やっぱりもう少し見ていたかった。

武道館の後

武道館2DAYS、その最終公演の最後のMCで良い発表があるといいな。

そう思うけれど、そう思った瞬間に“何も次に繋がる発表がなかった”パシフィコを思い出してしまったりもする。そういえば嫌な予感があのときもしていたし、「頼むからパシフィコの後に彼らの口から何か発表が聞きたい」そう思っていたけど何もなかった。

そう思うと怖くて仕方ない。

きっと過去最高に素晴らしいだろう武道館2DAYSが終わって、彼らの口から感謝の言葉を聞いて、会場がそのまま明るくなる。涙を拭きながらスマホを開いてTwitterを見ると、公式アカウントやキャストの感謝のツイートが流れてくるだろう。一緒に観ていた友達とごはん屋さんで泣いたりしながら「凄いよかったね」「終わるの悲しいね」なんて言ったりして、そのまま帰宅する。想像すると悲しくて泣いてしまう。

そうならないで欲しい。「な〜んだ、ドリフェス!終わらないんじゃん!」とか「今までよりだいぶペースは落ちるけど何かあるっぽいし良かったね」とか笑いたい。「終わらないのかよ!コンセプトがめちゃくちゃだな!続ければいいってもんじゃないぞ!」とインターネットで怒り出す人がいたっていい。

今日のドリフェス!部で7人揃って笑ってる姿を見て「終わらないでくれ!」心からそう思った。ドリフェス!終わってほしくない。キャストの皆さんも、俳優としてのお仕事でとても忙しそうだし、そういうのも終わる理由としてはあるんだろうなと思っているが、それでもやっぱり終わってほしくない。たまにでいいからアイドルとしての姿を見せて欲しい。

この数ヶ月で「ドリフェス!終わらないんじゃないか」と思ったし、「俳優としてカッコいい姿を見られるんだからいいじゃないか」とも思ったことは事実だけど、やっぱ終わってほしくないんだよな。

何もかも消えゆくし、どんな生き物だって明日死ぬかもしれない、いいときに終わるのが美しい…というのはあるんだけど、それはそれとして、ドリフェス!永遠に続いてほしいな。というのをブレードランナーのサントラを聞きながら思ったりした。(ポエム)

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